草も生やせない、恋をした。⑧「つまらない話」
第8話「つまらない話」
《ツチツチバーガー2号店》
ヒビキ「離してくれませんか?お客様」
ソラ「!!」
男性客A「なんだ?」
ヒビキ「彼女から手を離してください。大切な仲間なので」
男性客B「はぁ?!」
ヒビキ「不手際があったことは謝罪します。申し訳ございませんでした。しかし、暴力行為は、看過できません」
男性客B「てめぇらが、コーヒーこぼしたんだろ?」
ヒビキ「クリーニング代はお出しします。それで御容赦頂けますか?」
男性客A「んだとコラ?!」
ヒビキ「あと、大きな声を出すのも、やめていただいていいですか?他のお客様に迷惑ですので」
ヒビキは顔色ひとつ変えず、淡々と述べた。
夏子「こちらクリーニング代です、、お料理のお代も本日は結構ですので、このままお引き取り下さい、、」
男性客らは、少し黙って、1人は、私の腕を離した。私はその場に座り込んでしまった。
ヒビキ「大丈夫か?」
ソラ「うん...」
ヒビキは頷くと、ほうきとちりとりを取りにいった。夏子は、男性客らを店の入口まで送り届け、必死に頭を下げた。
ヒビキは持ってきたちりとりで、ジャラジャラと音を立てながら、コーヒーの残骸を片付けた。
ソラ「ごめん、私後やるから」
ヒビキ「素手でそれ触るな。怪我するぞ」
ヒビキはそう言って、全ての破片をちりとりに収めると、厨房の中へ去っていった。
夏子「大丈夫ですか?怪我はない?」
ソラ「私は大丈夫です、、」
ヒビキが来てくれなければ、きっと大事になっていた。私は彼に救われたのだった。
営業が終わって、昼休憩になった。
ソラ「さっきはすみませんでした。私のミスで」
夏子「気にしない気にしない!大丈夫ですから!ところで皆さん!賄い食べますか?」
ソラ「頂きます...」
ヒビキ「あ、俺はいいです。お疲れ様でした」
ヒビキは、黒いリュックを背負って、店をあとにしようとした。私はすかさず引き止めた。
ソラ「ヒビキ!」
ヒビキ「?」
ソラ「...ありがとう」
そう言うと、ヒビキは初めて、私の前で照れるように少し笑った。そして、店の外へ出ていった。陽の光も相まってか、眩しく見えた。
ーーーーー
《池袋/とある居酒屋》
ヒカル「へぇー、、そんなことがあったんだ」
ソラ「そうなのよ!私めっちゃ疲れてて、足が通路に出てるの気が付かなくてさ」
ヒカル「ふぅーん。それで?」
ソラ「そしたら、もう、頭からバッターン!ってコーヒーごと地面にダイブ!笑えるでしょ」
ヒカル「怪我しなかった?」
ソラ「まぁね。そしたら客にチョーキレられてさ!いや、お前の足が出てるのがいけねぇんだろうがっつう話ですよ本当に」
ヒカル「ははっそうだね」
ソラ「挙げ句の果てにベンショーシロー!とか言い出してさ、うるさいっつうの、他のお客さんもみんなひいてたし」
ヒカル「だろうね」
ソラ「そしたら、ヒビキがさ、離してくれませんかって!あのヒビキがだよ?やばくない?」
ヒカル「...へぇー...そうなんだ」
ヒカルは、微笑ましくソラの話を聞いていたが、少し目の色を変えた。
ソラ「ビックリしちゃってさ、そんなこともあるんだねーって」
ヒカル「なるほどね、だから楽しそうに話すんだね」
ソラ「ん?」
ヒカル「いや、なんか話の内容の割にテンション高いなーって」
ソラ「え?いや、どゆこと笑」
ヒカル「ヒビキくん、ソラに気があるんじゃない?」
一瞬、時が止まった。
ソラ「いや、ないないないない。ないよ、マジで」
ヒカル「はははっそうだろうね」
ヒカルは、ビールを飲み干して、タッチパネルで、さらにビールを追加した。
ヒカル「ソラ、もうすぐクリスマスだね」
ソラ「...え、あ、うん!そうね」
ヒカル「いつもありがとう」
ソラ「いや、急に何笑」
ヒカル「今日さ、実は俺も仕事で少し失敗しちゃってさ、でも、なんとか立て直せて。なんでかわかる?」
ソラ「え、ヒカルが頑張ったから?」
ヒカル「ソラがいるからだよ」
ソラ「え?」
ヒカル「俺にとってソラは、お守りみたいなものなんだ。近くにいなかったとしてもね、ソラが俺のことを見ててくれる、応援してくれてる、、好きでいてくれてるって思うと、俺はなんでも頑張れる。どんなに辛いことでも、乗り越えることが出来る」
ヒカルはそう言うと、私の右手をとって、両手で握った。
ヒカル「ソラ、ずっとそばに居てくれる?俺、ソラのためならなんだって出来る。一生だって構わない。だからその、ゆくゆくは」
私は少しむず痒くなって、言葉をさえぎってしまった。
ソラ「あ、あーそういえばさ、クリスマスだけど、何する?」
ヒカルは少し悲しい顔で笑った。
ヒカル「ソラがやりたいこと、しよう」
ーーーーー
《ソラの部屋》
──好きってなんだろう。
ヒカルと付き合って2年が経とうとしている。
2年前、横浜の観覧車で、ヒカルの気持ちを聞いた時は、正直驚いた。
でも、なんだかんだで、今もこうして関係は続いている。
ヒカルはどんなときも優しい人だった。
私のちょっとしたわがままも聞いてくれたし、色んな悩みを聞いてくれた。ヒカルとすごした年月は、どこを切り取っても、穏やかで優しいものだった。
これを平穏と呼ぶのであれば、もうすぐ嵐がやってきそうな予感だ。平穏は永遠に続かないと、今、少し考える。
私は、ヒカルに好きと言ったことがない。
それは無意識なのか、はたまた意図的なのかはわからない。ヒカルはいつも、私に好きと言ってくれた。私は嬉しかった。そして、それに対して、ヒカルと一緒にいることが、ヒカルへの何よりの返答だと思っていた...
私は、彼をぬか喜びさせていたのではないか?ヒカルを喜ばせようと、ヒカルの期待に答えようと、私は彼のそばにいようと努力した。でも、努力という名目以前に、ヒカルと居ると私が楽だから、その居心地の良さに甘えてしまっていた気がする。
ヒカルはどう思ってるんだろう。ヒカルは、私の心模様を見透かしているのだろうか?それならば、私がそばに居るのは、ヒカルにとって辛いだけではないか。私は考えた。
私は、つくづく悪い女だ。
ガチャ
蘭「おねぇちゃーん。洗面台使っていいー?」
ソラ「ん、いーよー」
《ツチツチバーガー2号店》
ソラ「お疲れ様でしたー」
夜のシフトを終え、帰りの支度をする。今日は夜から雨予報だったので、折りたたみの傘を仕込んで、控え室を出る。
ソラ「成田さんお疲れ様でしたー」
成田は、いつもの微笑みで、小さく手を振った。
ソラ「アサさんお疲れ様ですー」
アサ「あ!ベルスカ!逃げるな!」
ソラ「いや、何からも逃げてないんですが」
アサ「とりあえず、まだ帰らないでおいてくれ」
ソラ「今日雨降るんですよ?」
アサ「大丈夫だ。俺が帰るまでは雨は降らない(キリッ)」
ソラ「何の根拠が...」
折りたたみの傘を入れて少し重くなった鞄を、カウンターに置き、厨房で何かをしているアサを待っていると、成田が帰っていくのが見えた。
ーーーーー
ソラ「成田さんも帰っちゃいましたよ?早く帰りましょうよー。何してるんですか?」
アサ「よし、出来た」
ソラ「?」
アサ「じゃじゃーん」
アサは、湯気がたった大皿を、カウンターの上に置いた。
アサ「三ツ木朝特製、具沢山ナポリタン!!」
アサは得意気に皿をカウンターに置き、自分のスマホで写真を撮りだした。
ソラ「ちょ、私写さないでくださいよ」
アサ「パシャパシャパシャパシャ」
ソラ「これを食べろと?今から?雨降るのに?」
アサ「え、せっかく作ったのにそんなこと言っちゃう?泣いちゃうよ?」
ソラ「でも、確かに美味しそうですね。本当に食べていいんですか?」
アサ「いいとも」
ゆらゆらと湯気が天井に登る。アサは厨房の電気を消し、店は、カウンター上の照明のみによって照らされていた。
ソラ「いただきます」
アサ「いただかれます」
フォークを使って、ナポリタンを巻いて食べた。アサは自分が食べる分を取り皿に分けて盛って、タバスコを大量にかけて食べた。
ソラ「これ美味しいですね」
アサ「だろ?」
ソラ「なんでこれ作ったんですか?」
アサ「なんでだと思う?当たったら1000円あげる」
ソラ「...私をオトすため?」
アサ「ほんと面白い女。生意気だなー不正解」
ソラ「冗談ですよ。なんでですか?」
アサ「心ここに在らずって顔に書いてあったから」
ソラ「...は?」
アサ「ズバリ!!彼氏とわかれた!!でしょ?そう、俺の勘はだいたい当たる(ドヤ)」
ソラ「いや、別れてないです」
アサ「うっそー!!!絶対別れたと思った!!!だって、別れてるだろ!その顔!」
ソラ「別れてはないですよ、、」
アサ「ん?意味深、なんだ?」
ソラ「...」
アサ「言いたいことあるなら言ってみ?」
ソラ「本当、人に喋らせるの上手いですよね、、」
ーーーーー
アサ「なるほどね。今の彼氏のことが、好きか分からないと」
ソラ「まぁそういうことですかね」
アサ「他に好きな人がいるな?」
ソラ「...かも」
アサ「俺?」
ソラ「違います」
アサ「草。まぁ、好きっていう気持ちは、玉石混交だからね」
ソラ「ギョクセキコンコウ?」
アサ「良い側面も悪い側面もあるってこと。人間そんなに気持ちを上手く形容できない。色んな感情が混ざりあって、それをひっくるめて、分かりやすく、人は「好き」って言葉を使うんだよ。だから好きかどうかなんて、簡単にわかることじゃあない」
ソラ「なるほど...」
アサ「本当に好きかどうか、少し判断する基準を与えるとしたら、それは、そこに愛があるかどうかだよ」
ソラ「愛...ですか」
アサ「そう、愛ってのは、相手のことを思わずには成立しないものなんだよ。何かをしてあげたい、何か力になりたい。時には、何かをしないであげたいって思うこともある。そこには損得勘定なんてない。余計なことをぜんぶとっぱらって、相手の幸せの実現だけに全神経が使われる。嫌われないようにしたいだとか、罪悪感を消すためだとか、自分が愛されたいとか。それは愛じゃない」
ソラ「...」
アサ「欲しがってばかりの気持ちなんて、そんなものは愛なんかじゃなくて、エゴだよ。例え嫉妬とか、怒りとか、途中色んな感情に邪魔されようが、冷静になった時に、好きな相手に対して最後に残る感情は愛だと俺は思う」
ソラ「...」
アサ「君の彼氏に対して、最後に残るものは愛かな?」
ソラ「...今は分かりません」
アサ「そうか。ま、考えぬけ!若者よ!ボーイズビーアンビシャスだ!」
ソラ「私はガールです」
アサ「よし、おまけに、つまらない話をひとつ聞かせてやろう」
ソラ「どんな話ですか?」
アサ「本当に、どうでもいい話だよ」
アサは空のガラスのコップに、ビールを注ぎながら、遠くを見て話し始めた。
ーーーーー
時は少し遡る──
《渋谷/とある喫茶店》
アサ「俺と別れて欲しい」
ユメ「ふふっ冗談だよね?」
アサ「ごめん。ガチ」
その瞬間、外では落雷が降ったのだった。
胡桃色のボアブルゾンに身を包んだアサは、仕事終わりに駆けつけた彼女のユメと、町外れの喫茶店にいた。
ユメは、アサの言葉を聞いて、一呼吸置いたあと、笑顔を引き攣らせて、アサに尋ねた。
ユメ「...どうして?」
アサ「ユメちゃんの夢を叶えるのに、俺は必要ないと思った」
ユメ「え?」
アサ「ユメちゃんは、この国を背負って立つモデルになる。俺は信じてる。本気でね。だから、ユメちゃんはユメちゃんの人生を歩んで欲しい」
ユメは、目を潤ませて、黙って聞いていた。
アサ「てかずっと思ってたんだよなー。自分の夢を叶えようとしてるユメちゃんと、夢破れて燻って、妥協でしか生きられない俺。そもそも住む世界が違うんだよ」
ユメ「...」
アサ「ユメちゃん、君は綺麗だ。本当、俺にはもったいないくらい。一緒に街を歩いててもさ、ユメちゃんはよく人の視線集めるじゃん?俺じゃなくて、もっとお互いを高めあえるような、いいパートナーがいると思うんだ」
ユメ「アサくんもかっこいいよ」
アサ「そう言ってくれるのはユメちゃんくらいだよ?ありがとうね」
ユメ「...」
アサ「俺はユメちゃんに相応しくない。ユメちゃんにはもっと幸せになって欲しい」
ユメは何も言えずに、黙って座っていた────
ーーーーー
《ツチツチバーガー2号店》
ソラ「えってか、アサさんの彼女って、ユメちゃんだったんですか?」
アサ「うん。だったというならそうだね」
ソラ「そこに驚きを隠せません」
アサ「うるせーな」
ソラ「で、その後どうしたんですか?」
アサ「ユメちゃんが何も言わなかったから、お金だけ置いて帰ったよ」
ソラ「うわ最低」
アサ「いや、どうせ別れるんだしさ、最後かっこつけたってしょうがないでしょ」
ソラ「十分かっこつけてるじゃないですか。てか、アサさん自身はユメちゃんのことどう思ってるんですか?」
アサ「幸せになって欲しいと思う」
ソラ「アサさんが幸せにしてあげればよかったんじゃ?」
アサ「俺にはできないよ。ユメちゃんには言わなかったけど、俺と居たら、ダメになる。最近ね、ユメちゃんの仕事が調子よくて、ユメちゃんの夢が叶いそうになったんだ。だから俺は背中を押したかった。足を引っ張りたくなかった。ユメちゃんも受け入れてくれたから、何も言わなかったんだと思うし」
ソラ「それって思い込みですよね?」
アサ「え?」
ソラ「だって、アサさんは、ユメちゃんの気持ち、何も聞かずに一方的に関係を断ったってことですよね?それこそ、エゴですよね?エゴ」
アサ「...」
ソラ「本当は怖いだけなんじゃないですか?」
アサ「...!」
アサはビールを一気に飲み干した。
ソラ「よかったんですか?それで」
アサ「...ははっ」
空には三日月が浮かんでいた。
第9話に続く。
【宣伝】
「太陽と夢と月と朝」は、アサとユメを中心に描いたラブストーリーとなっています。2人がどのようなきっかけで出会い、恋に落ち、なぜこのような結末に至ったのか、が描かれています。
「太陽~」は、この後続く草恋本編9話、10話のネタバレは含みませんので、今回の8話まで読んで頂いた方は是非「太陽~」を読んで頂ければと思います。
草恋本編を最終話まで読んで頂いてから「太陽〜」を読んで頂いても構いませんが、個人的にはこのタイミングで読んでいただくのが1番オススメです(笑)
第9話へはこちらから。