草も生やせない、恋をした。⑧「つまらない話」

f:id:btc21:20220401174947j:image

 

第8話「つまらない話」


《ツチツチバーガー2号店》


ヒビキ「離してくれませんか?お客様」

ソラ「!!」

男性客A「なんだ?」

ヒビキ「彼女から手を離してください。大切な仲間なので」

男性客B「はぁ?!」

ヒビキ「不手際があったことは謝罪します。申し訳ございませんでした。しかし、暴力行為は、看過できません」

男性客B「てめぇらが、コーヒーこぼしたんだろ?」

ヒビキ「クリーニング代はお出しします。それで御容赦頂けますか?」

男性客A「んだとコラ?!」

ヒビキ「あと、大きな声を出すのも、やめていただいていいですか?他のお客様に迷惑ですので」

ヒビキは顔色ひとつ変えず、淡々と述べた。

夏子「こちらクリーニング代です、、お料理のお代も本日は結構ですので、このままお引き取り下さい、、」


男性客らは、少し黙って、1人は、私の腕を離した。私はその場に座り込んでしまった。

ヒビキ「大丈夫か?」

ソラ「うん...」

ヒビキは頷くと、ほうきとちりとりを取りにいった。夏子は、男性客らを店の入口まで送り届け、必死に頭を下げた。

ヒビキは持ってきたちりとりで、ジャラジャラと音を立てながら、コーヒーの残骸を片付けた。

ソラ「ごめん、私後やるから」

ヒビキ「素手でそれ触るな。怪我するぞ」

ヒビキはそう言って、全ての破片をちりとりに収めると、厨房の中へ去っていった。

夏子「大丈夫ですか?怪我はない?」

ソラ「私は大丈夫です、、」


ヒビキが来てくれなければ、きっと大事になっていた。私は彼に救われたのだった。


営業が終わって、昼休憩になった。

ソラ「さっきはすみませんでした。私のミスで」

夏子「気にしない気にしない!大丈夫ですから!ところで皆さん!賄い食べますか?」

ソラ「頂きます...」

ヒビキ「あ、俺はいいです。お疲れ様でした」

ヒビキは、黒いリュックを背負って、店をあとにしようとした。私はすかさず引き止めた。

ソラ「ヒビキ!」

ヒビキ「?」

ソラ「...ありがとう」


そう言うと、ヒビキは初めて、私の前で照れるように少し笑った。そして、店の外へ出ていった。陽の光も相まってか、眩しく見えた。

 

ーーーーー


《池袋/とある居酒屋》


ヒカル「へぇー、、そんなことがあったんだ」

ソラ「そうなのよ!私めっちゃ疲れてて、足が通路に出てるの気が付かなくてさ」

ヒカル「ふぅーん。それで?」

ソラ「そしたら、もう、頭からバッターン!ってコーヒーごと地面にダイブ!笑えるでしょ」

ヒカル「怪我しなかった?」

ソラ「まぁね。そしたら客にチョーキレられてさ!いや、お前の足が出てるのがいけねぇんだろうがっつう話ですよ本当に」

ヒカル「ははっそうだね」

ソラ「挙げ句の果てにベンショーシロー!とか言い出してさ、うるさいっつうの、他のお客さんもみんなひいてたし」

ヒカル「だろうね」


ソラ「そしたら、ヒビキがさ、離してくれませんかって!あのヒビキがだよ?やばくない?」

ヒカル「...へぇー...そうなんだ」

ヒカルは、微笑ましくソラの話を聞いていたが、少し目の色を変えた。

ソラ「ビックリしちゃってさ、そんなこともあるんだねーって」

ヒカル「なるほどね、だから楽しそうに話すんだね」

ソラ「ん?」

ヒカル「いや、なんか話の内容の割にテンション高いなーって」

ソラ「え?いや、どゆこと笑」


ヒカル「ヒビキくん、ソラに気があるんじゃない?」

一瞬、時が止まった。


ソラ「いや、ないないないない。ないよ、マジで」

ヒカル「はははっそうだろうね」

ヒカルは、ビールを飲み干して、タッチパネルで、さらにビールを追加した。


ヒカル「ソラ、もうすぐクリスマスだね」

ソラ「...え、あ、うん!そうね」

ヒカル「いつもありがとう」

ソラ「いや、急に何笑」

ヒカル「今日さ、実は俺も仕事で少し失敗しちゃってさ、でも、なんとか立て直せて。なんでかわかる?」

ソラ「え、ヒカルが頑張ったから?」

ヒカル「ソラがいるからだよ」

ソラ「え?」

ヒカル「俺にとってソラは、お守りみたいなものなんだ。近くにいなかったとしてもね、ソラが俺のことを見ててくれる、応援してくれてる、、好きでいてくれてるって思うと、俺はなんでも頑張れる。どんなに辛いことでも、乗り越えることが出来る」

ヒカルはそう言うと、私の右手をとって、両手で握った。

ヒカル「ソラ、ずっとそばに居てくれる?俺、ソラのためならなんだって出来る。一生だって構わない。だからその、ゆくゆくは」

私は少しむず痒くなって、言葉をさえぎってしまった。

ソラ「あ、あーそういえばさ、クリスマスだけど、何する?」

ヒカルは少し悲しい顔で笑った。


ヒカル「ソラがやりたいこと、しよう」

 

ーーーーー


《ソラの部屋》


──好きってなんだろう。


ヒカルと付き合って2年が経とうとしている。

2年前、横浜の観覧車で、ヒカルの気持ちを聞いた時は、正直驚いた。

でも、なんだかんだで、今もこうして関係は続いている。


ヒカルはどんなときも優しい人だった。


私のちょっとしたわがままも聞いてくれたし、色んな悩みを聞いてくれた。ヒカルとすごした年月は、どこを切り取っても、穏やかで優しいものだった。


これを平穏と呼ぶのであれば、もうすぐ嵐がやってきそうな予感だ。平穏は永遠に続かないと、今、少し考える。


私は、ヒカルに好きと言ったことがない。


それは無意識なのか、はたまた意図的なのかはわからない。ヒカルはいつも、私に好きと言ってくれた。私は嬉しかった。そして、それに対して、ヒカルと一緒にいることが、ヒカルへの何よりの返答だと思っていた...


私は、彼をぬか喜びさせていたのではないか?ヒカルを喜ばせようと、ヒカルの期待に答えようと、私は彼のそばにいようと努力した。でも、努力という名目以前に、ヒカルと居ると私が楽だから、その居心地の良さに甘えてしまっていた気がする。


ヒカルはどう思ってるんだろう。ヒカルは、私の心模様を見透かしているのだろうか?それならば、私がそばに居るのは、ヒカルにとって辛いだけではないか。私は考えた。


私は、つくづく悪い女だ。


ガチャ

蘭「おねぇちゃーん。洗面台使っていいー?」

ソラ「ん、いーよー」


《ツチツチバーガー2号店》


ソラ「お疲れ様でしたー」

夜のシフトを終え、帰りの支度をする。今日は夜から雨予報だったので、折りたたみの傘を仕込んで、控え室を出る。

ソラ「成田さんお疲れ様でしたー」

成田は、いつもの微笑みで、小さく手を振った。

ソラ「アサさんお疲れ様ですー」

アサ「あ!ベルスカ!逃げるな!」

ソラ「いや、何からも逃げてないんですが」

アサ「とりあえず、まだ帰らないでおいてくれ」

ソラ「今日雨降るんですよ?」

アサ「大丈夫だ。俺が帰るまでは雨は降らない(キリッ)」

ソラ「何の根拠が...」


折りたたみの傘を入れて少し重くなった鞄を、カウンターに置き、厨房で何かをしているアサを待っていると、成田が帰っていくのが見えた。

 

ーーーーー


ソラ「成田さんも帰っちゃいましたよ?早く帰りましょうよー。何してるんですか?」

アサ「よし、出来た」

ソラ「?」

アサ「じゃじゃーん」

アサは、湯気がたった大皿を、カウンターの上に置いた。

アサ「三ツ木朝特製、具沢山ナポリタン!!」

アサは得意気に皿をカウンターに置き、自分のスマホで写真を撮りだした。

ソラ「ちょ、私写さないでくださいよ」

アサ「パシャパシャパシャパシャ」

ソラ「これを食べろと?今から?雨降るのに?」

アサ「え、せっかく作ったのにそんなこと言っちゃう?泣いちゃうよ?」

ソラ「でも、確かに美味しそうですね。本当に食べていいんですか?」

アサ「いいとも」


ゆらゆらと湯気が天井に登る。アサは厨房の電気を消し、店は、カウンター上の照明のみによって照らされていた。

ソラ「いただきます」

アサ「いただかれます」

フォークを使って、ナポリタンを巻いて食べた。アサは自分が食べる分を取り皿に分けて盛って、タバスコを大量にかけて食べた。


ソラ「これ美味しいですね」

アサ「だろ?」

ソラ「なんでこれ作ったんですか?」

アサ「なんでだと思う?当たったら1000円あげる」

ソラ「...私をオトすため?」

アサ「ほんと面白い女。生意気だなー不正解」

ソラ「冗談ですよ。なんでですか?」


アサ「心ここに在らずって顔に書いてあったから」


ソラ「...は?」

アサ「ズバリ!!彼氏とわかれた!!でしょ?そう、俺の勘はだいたい当たる(ドヤ)」

ソラ「いや、別れてないです」

アサ「うっそー!!!絶対別れたと思った!!!だって、別れてるだろ!その顔!」

ソラ「別れてはないですよ、、」


アサ「ん?意味深、なんだ?」

ソラ「...」

アサ「言いたいことあるなら言ってみ?」

ソラ「本当、人に喋らせるの上手いですよね、、」

 

ーーーーー


アサ「なるほどね。今の彼氏のことが、好きか分からないと」

ソラ「まぁそういうことですかね」

アサ「他に好きな人がいるな?」

ソラ「...かも」

アサ「俺?」

ソラ「違います」

アサ「草。まぁ、好きっていう気持ちは、玉石混交だからね」

ソラ「ギョクセキコンコウ?」

アサ「良い側面も悪い側面もあるってこと。人間そんなに気持ちを上手く形容できない。色んな感情が混ざりあって、それをひっくるめて、分かりやすく、人は「好き」って言葉を使うんだよ。だから好きかどうかなんて、簡単にわかることじゃあない」

ソラ「なるほど...」

アサ「本当に好きかどうか、少し判断する基準を与えるとしたら、それは、そこに愛があるかどうかだよ」


ソラ「愛...ですか」

アサ「そう、愛ってのは、相手のことを思わずには成立しないものなんだよ。何かをしてあげたい、何か力になりたい。時には、何かをしないであげたいって思うこともある。そこには損得勘定なんてない。余計なことをぜんぶとっぱらって、相手の幸せの実現だけに全神経が使われる。嫌われないようにしたいだとか、罪悪感を消すためだとか、自分が愛されたいとか。それは愛じゃない」


ソラ「...」

アサ「欲しがってばかりの気持ちなんて、そんなものは愛なんかじゃなくて、エゴだよ。例え嫉妬とか、怒りとか、途中色んな感情に邪魔されようが、冷静になった時に、好きな相手に対して最後に残る感情は愛だと俺は思う」

ソラ「...」


アサ「君の彼氏に対して、最後に残るものは愛かな?」

ソラ「...今は分かりません」


アサ「そうか。ま、考えぬけ!若者よ!ボーイズビーアンビシャスだ!」

ソラ「私はガールです」


アサ「よし、おまけに、つまらない話をひとつ聞かせてやろう」


ソラ「どんな話ですか?」

アサ「本当に、どうでもいい話だよ」

アサは空のガラスのコップに、ビールを注ぎながら、遠くを見て話し始めた。

 

ーーーーー

 

時は少し遡る──


《渋谷/とある喫茶店


アサ「俺と別れて欲しい」


ユメ「ふふっ冗談だよね?」


アサ「ごめん。ガチ」


その瞬間、外では落雷が降ったのだった。


胡桃色のボアブルゾンに身を包んだアサは、仕事終わりに駆けつけた彼女のユメと、町外れの喫茶店にいた。

ユメは、アサの言葉を聞いて、一呼吸置いたあと、笑顔を引き攣らせて、アサに尋ねた。

ユメ「...どうして?」

アサ「ユメちゃんの夢を叶えるのに、俺は必要ないと思った」

ユメ「え?」


アサ「ユメちゃんは、この国を背負って立つモデルになる。俺は信じてる。本気でね。だから、ユメちゃんはユメちゃんの人生を歩んで欲しい」

ユメは、目を潤ませて、黙って聞いていた。


アサ「てかずっと思ってたんだよなー。自分の夢を叶えようとしてるユメちゃんと、夢破れて燻って、妥協でしか生きられない俺。そもそも住む世界が違うんだよ」

ユメ「...」

アサ「ユメちゃん、君は綺麗だ。本当、俺にはもったいないくらい。一緒に街を歩いててもさ、ユメちゃんはよく人の視線集めるじゃん?俺じゃなくて、もっとお互いを高めあえるような、いいパートナーがいると思うんだ」

ユメ「アサくんもかっこいいよ」

アサ「そう言ってくれるのはユメちゃんくらいだよ?ありがとうね」

ユメ「...」

アサ「俺はユメちゃんに相応しくない。ユメちゃんにはもっと幸せになって欲しい」


ユメは何も言えずに、黙って座っていた────

 

ーーーーー


《ツチツチバーガー2号店》


ソラ「えってか、アサさんの彼女って、ユメちゃんだったんですか?」

アサ「うん。だったというならそうだね」

ソラ「そこに驚きを隠せません」

アサ「うるせーな」

ソラ「で、その後どうしたんですか?」

アサ「ユメちゃんが何も言わなかったから、お金だけ置いて帰ったよ」

ソラ「うわ最低」

アサ「いや、どうせ別れるんだしさ、最後かっこつけたってしょうがないでしょ」

ソラ「十分かっこつけてるじゃないですか。てか、アサさん自身はユメちゃんのことどう思ってるんですか?」

アサ「幸せになって欲しいと思う」


ソラ「アサさんが幸せにしてあげればよかったんじゃ?」

アサ「俺にはできないよ。ユメちゃんには言わなかったけど、俺と居たら、ダメになる。最近ね、ユメちゃんの仕事が調子よくて、ユメちゃんの夢が叶いそうになったんだ。だから俺は背中を押したかった。足を引っ張りたくなかった。ユメちゃんも受け入れてくれたから、何も言わなかったんだと思うし」

ソラ「それって思い込みですよね?」

アサ「え?」

ソラ「だって、アサさんは、ユメちゃんの気持ち、何も聞かずに一方的に関係を断ったってことですよね?それこそ、エゴですよね?エゴ」

アサ「...」

ソラ「本当は怖いだけなんじゃないですか?」

アサ「...!」

アサはビールを一気に飲み干した。

ソラ「よかったんですか?それで」

アサ「...ははっ」


空には三日月が浮かんでいた。

 

 

第9話に続く。

 

 

【宣伝】

「太陽と夢と月と朝」は、アサとユメを中心に描いたラブストーリーとなっています。2人がどのようなきっかけで出会い、恋に落ち、なぜこのような結末に至ったのか、が描かれています。

「太陽~」は、この後続く草恋本編9話、10話のネタバレは含みませんので、今回の8話まで読んで頂いた方は是非「太陽~」を読んで頂ければと思います。

草恋本編を最終話まで読んで頂いてから「太陽〜」を読んで頂いても構いませんが、個人的にはこのタイミングで読んでいただくのが1番オススメです(笑)

 

nbsrskniw.hatenablog.com

 

第9話へはこちらから。

 

nbsrskniw.hatenablog.com