太陽と夢と月と朝①「太陽と夢」

 

 

 

 

 

⚠️注意⚠️

 

この「太陽と夢と月と朝」は、「草も生やせない、恋をした」本編の前日譚にあたる物語です。

 

その為、「草も生やせない、恋をした」本編のネタバレを含みます。

 

本作単体でも十分お楽しみ頂けるようには制作されていますが、「草も生やせない、恋をした」を最後まで、もしくは8話まで読んで頂けた方の閲覧を強くおすすめします。

 

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太陽と夢と月と朝

 

 

前編「太陽と夢」

 

 

 

──三ツ木朝 様

 


この度ご応募頂いた作品についてですが、厳正なる審査の結果、採用を見送らせて頂くこととなりました。

またのご応募、お待ちしております。

 


案件名 〇〇...

 


△△事務局───

 

 

 

アサ「...はぁ」


狭いワンルーム。温い温度のその部屋には、沈んだ後の西陽の残光が、無機質に染み込んでいた。


コントラストの無い視界を徐々に閉じ、アサは今日二度目の眠りにつく。


アサ「...」

 

 

翌日。


とある大学の食堂にて。


中野「おいおいアサ、何普通にカレー食ってんだよ!」

中野大我。アサと同級生の大学2年生。

一浪しているのと、誕生日が早いのもあり、もう21歳。愛称はナカ。


アサ「いいだろうが。俺が何を食おうと」

中野「よくないね」

アサ「は?お前は俺の母親か何か?」


中野はアサの3倍の速さで箸を動かし、ラーメンをすすりながら答える。


中野「だってお前いつもバーグやん」

バーグ。彼らの中ではハンバーガーを意味する。

中野「今日ゼミ終わりダッシュしねぇから変だと思ったんだよ。お前いつもゼミ終わった瞬間校門出たとこのバーグ買って学食の席とるだろ?」

アサ「バーグトライアスロンのこと?」

中野「それよそれ。今日こそゼミめっちゃ早く終わったのに普通にカレー食べてどしたん?話聞こか?わら」

アサ「病んでる前提で話すなし!」


アサは一つ一つ丁寧な動作でカレーを食べる。


アサ「コンペ。ダメだった」

中野「は?コンペ?なにそれ」

アサ「ゲーム用のキャラクターデザインだよ!!前に何回も言ってるわ!!話聞いとけ!!」

中野「ま、俺お前に興味無いしな」

アサ「...」

中野「ガチで落ち込むなし!!」


中野は、スープだけが残った丼ぶりの上に、割り箸を置く。


中野「いや冗談よ?俺覚えてるしそれ。いやぁお前マジで才能あると思うけどなぁ。マジで」

アサ「まぁそりゃ?!俺は天才よ?!それはわかってますが?!」

中野「り」

アサ「忠成?!」

中野「しょーもな」

アサ「うざ」


中野「でも俺マジで思ってるわ。ほら、再来年就活だろ?まだ実感わかねぇけどさ、お前はきっといい感じになれるよ。だって、こんなに早くからやる事やってるじゃん?」

アサ「まぁ」

中野「いいなぁ。俺もなにか一つ。特技で生きて生きたかったなぁ」

アサ「ラップやれば?」

中野「エイッ エイッ」

アサ「ジュグジュグ」

中野「それなに」

アサ「え松永」

 

ーーーーー

 

一週間後。


アサは高校時代の友人と、飲み会に来ていた。


行きつけの居酒屋で、男女入り交じり、酒を交わす。


アサ「はい!!!飲み足りナイトプール?!」

一同「パシャパシャァ!!!!」


顔を赤くした少年少女は、味も分からないままにグラスを空にし続ける。


アサ「マジでよぉ!大人とか子供とか、マジでどぉでもいいからぁ!どうだってね?いいんだわぁ!」


何一つ意味の分からない言葉を並べながら、アサは乱れていた。


少し経つと、アサの集団が1人、トイレから出てこなくなってしまう。

アサらが見に行くと、その1人は吐き気をもよおしており、洗面台に身を填めてその瞬間を待っていた。


アサらは背中を擦りながら、落ち着いたと思ったタイミングで、席へと彼を連れ戻した。


トイレから出ると、メガネの下で怪訝な顔をした女性店員とすれ違う。

アサのテーブルによく酒を運んできていた店員だった。


店員「大丈夫ですか?」

アサ「あ、うん!だいじょび!」

店員「気をつけて下さいね」

アサ「うん!大丈夫だよな!な!」


アサが横の友人を見る。

友人「ゴボッ...ゴボッ」

 

”ソノ瞬間”が、来てしまった。

 

ーーーーー

 

処理を終えて、煙たがられながらアサらは店を出る。


アサ「ひぇー派手にやったなぁ」

一同は開き直った振りをしながら、悪い後味を払拭しようとしたが、その努力虚しく、微妙な空気のまま、その日は解散した。

 

 

そして、アサは1人になり、駅のホームをとぼとぼと歩く。


アサ「...」


すると、疎らな人だかりの中に、1人の少女が見えた。


アサ「...あ!」


よく見るとその女性は、さっきまでいた居酒屋で”ブツ”の処理を手伝わせた、メガネの女性店員だった。


アサ「...あの」


アサは女性に話しかける。まるで、その女性の落し物を拾ったかのように。


女性「...?あ」

アサ「あの...」


アサは、話しかけた後で、見つからない”話しかけた理由”を探す。

すると女性が先に口を開いた。


女性「さっき飲んでた人ですよね」

アサ「あ、はい。先程はありがとうございます」

女性「まぁ。店員なんで...」

アサ「あ...はい。その」


すると、電車接近のアナウンスが鳴る。


アサ「...!あ、俺逆だから、その...これ!」

アサは、小さな財布から、折りたたんだピンクの紙を女性に渡す。


アサ「これ、お礼!とごめんの気持ちを込めて!めちゃめちゃ美味いから使って!!期限短めだけど!」


ツチツチバーガー 割引券と書かれた紙を見ながら、女性は答える。


女性「あ...はい」

アサ「じゃあ!」


アサは向かいのホームに来た電車に飛び乗った。

 

 

ーーーーー


数日後

 

 

二限終了のチャイムと同時にアサは、教室を飛び出し校門の外を目指す。


骨董通りに飛び出し、ゆったりとした時間の流れに逆らう様に、金の頭髪を揺らしながら、駆け足である場所へ向かう。


アサが目指した先にあるのは、ツチツチバーガー 1号店と書かれた、ハンバーガーショップだ。


アサ「はぁ...はぁ...ついた...」


アサは店の中で出来ていたテイクアウトの行列に並ぶ。


アサ「(おいおい、これじゃ学食の席間に合わねぇじゃねえか。ナカは足おせぇから使えねぇしよ!!)」


アサは苛立ちながら、列が縮むのを待っていた。


すると、横から誰かが声をかけているように感じたが、AirPodsをしていて聞こえない。


???「あの...」

アサはAirPodsを外す。

アサ「はい?!」


すると、そこに居たのは、前にアサが割引券を渡した、メガネの居酒屋店員だった。


女性「こんにちは」

アサ「あ、あの時の!!」


アサは、急いで中野にLINEをする。


アサ『運命の恋を見つけたため、学食には行きません。』

中野『は?』

 

アサ「まさかここで出会えるとは!これって運命ですよね!」

すると女性は、苦笑いともなんとも言えない表情を浮かべる。

アサ「ガチ引き!!」

 

2人は商品を買って外に出る。

 

アサ「あの...」

女性「はい?」

アサ「その、この後って」

女性「...?」

アサ「良かったらこれ、どっかで食べません?!」

女性「あ、ごめんなさい、私この後予定があって...」

アサ「(振られたァ)で、ですよね、すみません」

女性「少しだけなら、大丈夫ですよ?」

アサ「え、マ?」

 

2人はアサの大学まで歩きながら、会話をする。


その女性は、その見た目こそ綺麗めだったが、東京の道を歩きなれていないような足取りだった。

少し力の入った細い指、生まれたての黒髪、少し分厚いメガネ。

磨けば光るというと、聞こえがいいような、そんな女性だった。


アサ「すみません。なんか偉そうなムーブしちゃって。何歳ですか?なんか年上だったら悪いなって、いや、女性に年齢を聞く方が失礼か?ん?ん?」

女性「ふふっ。面白い人ですね」

アサ「そうっすか?」

女性「私は16歳です」

 

アサ「!!!!16〜?!?!」

女性「はい笑。どう見えてましたか?」

アサ「いやいや!16はやばいわ!スタイルよすぎ大人っぽすぎ可愛すぎ!年上かと思ってたわ!あ!老けてるとかじゃないよ?!マジで!!」


すると、女性は頬を赤らめた。


アサ「え...?(え、なんで照れてると?まてよ?俺今、可愛いって言っちゃった?!やべぇ、言っちゃった?!ぎゃーーー!俺の方こそ恥ずかしくなってきたァ!!)」

女性「どうも、ありがとうございます」

アサ「う、うん。てことはさ、俺のだいぶ年下だね。俺今年で20歳になる代だから」

女性「そうなんですね。大人なんですね」

アサ「そう。大人だぜ」

女性「ふふっ」

アサ「もうすぐ大学つくから、ベンチで食べようぜ〜(ナカに見つからねぇかな?見せつけたろ)」

女性「大学ですか。緊張するなぁ」

アサ「そっか初めて?大丈夫大丈夫。あんなん動物園とさほど変わらん」

女性「え?」


アサ「ま、いいや。そういえば君、名前は?」


彼女は答えた。

 


ユメ「ユメ。近藤夢です」

 


ーーーーー

 

 

その日からアサとユメは友達になった。


連絡を取り合い、たまに会うような関係になっていた。

 

アサ「そういえばユメちゃんって、学校どこなの?」

ユメ「私は通信です」

アサ「あ、へぇ〜そうなんだ」


ユメは言葉を飲み込みながら、アサを上目遣いでちらちらと見る。


アサ「なんで?」


アサは言葉をあっけらかんに、投げるように問う。

するとユメは安堵したように、はたまたその返答にある種の満足を得たかのように、心做しか高揚したトーンで答える。


ユメ「私、モデル目指してるんです」

アサ「?!モデル?!初出し情報!!」

ユメ「はい。言ってないので」

アサ「いやそうだけれども。そりゃあすごい」

ユメ「でも今は仕事が殆どありません。だからアルバイトしてその日のお金を稼いでいるんです」

アサ「高校生なのに偉いねぇ〜」

ユメ「まぁ。親の反対押し切ってここまで来てるんで」


アサ「...凄いね」

アサは遠くを見ながら答える。


アサ「ま、それだけのルックス?があればモデルに興味わくわな」

ユメ「...」

アサ「まぁ、ユメちゃんは才能あると思うよ〜」

アサは鍵かっこのついたトーンで言葉を濁した。その言葉が本心かどうかは、本人にも分からない。

ユメ「...」


その時、アサはふと思い出す。中野に言われた言葉たちを。


”才能あるとおもうけどな”


アサ「(才能ある...か)」


ユメ「...」


アサ「(そうだよな。他人の事だもんな。結局、皆適当に、その時角の立たない言葉を並べてるだけだ。本心で物を言うよりも簡単だしな)」


するとユメが口を開く

ユメ「そう思ってくれますか?」

アサ「...うん。だって、スタイルいいし?まさにモデルって感じじゃん?!マジでいけるって!」

アサは空白が生まれないよう、言葉を詰める様に返す。


ユメ「...」

アサ「”ユメちゃん”なんだから、夢叶えないと!俺にも教えてくれよ!夢の叶え方とかさ!」

ユメ「...!」


アサ「(俺は何を言ってるんだろう。年下の女の子だぞ?そんな子に”救い”を求める程俺は焦ってる...?)」


ユメ「分かりました」

アサ「...!」

ユメ「じゃあ代わりにアサさんは」

アサ「?」

 


ユメ「”大人”を教えてください」

 


ーーーーー

 


その後も2人は連絡を取り合い、仲を深めていった。


仲の良い友人として。


アサ「ユメちゃん誕生日おめでとう!」


2人は、回転寿司にいた。

ユメはこの頃からメガネを外し、コンタクトをしていた。


ユメ「...ありがとうございます」

アサ「ほらほらぁ!今日は俺の奢りだぜ!好きな物食べな!!」

ユメ「ありがとうございます...」

アサ「ん?乗り気じゃない?もしかして寿司嫌い?」

ユメ「いえ、そんなことはないんですが」

ユメは渋そうな顔で少し周りを見回す。


アサ「?」

ユメ「いや、なんでもありません」

アサ「はっはーん。わかったぜ?ユメちゃんの気持ち言います「なんで、お誕生日のお祝いが回る寿司なわけ?普通回らない寿司でしょ!!」とかでしょ!」

アサは何故か得意げな顔でユメを見る。するとユメは、強い眼元から焼くような視線で、何か言いたげにアサを見た。

アサ「え?!ビンゴ?!それはそれでへこむ...」

ユメ「大人って、こういう感じなんですね。まだファミレスの方が雰囲気ありました」


アサは目を丸くし、一瞬動揺する。

しかし、すぐにペースを戻して言う。


アサ「はっはーん?いいかい?回らない寿司を奢ってくれる様な人はね、お金を沢山持ってる人なんだよ。その人がもつデタラメな額のお金に比べたら、回らないお寿司の値段なんてちーっぽけなものなのさ。だからそういう人の奢る回らない寿司は、俺がうまい棒買ってあげるのと同じなんだよ〜?子供は騙されちゃうけど」

ユメ「...」ジー

アサ「それに比べてこの俺!そう!貧乏!そんな俺にとっては回転寿司ですら死活問題さ!でも俺は優しいから、君にお祝いしてあげたいんだよ。どんな色の皿でも好きなだけ食べなさい?まさに出血大サービス!!このありがたみ分かるかな?」

ユメ「...」

アサ「これが大人のお祝いの仕方さ」

ユメ「嘘です」


アサ「はぁ...本当に君って子はさ、真面目だよねぇ」


ピンポーン


注文レーンから皿が4つ流れてくる。


アサ「あ、届いた。サーモンは俺で、マグロも俺かな?ついでに穴子も俺で、はまちも俺...と」

ユメ「(いつの間に頼んでたこの人!)」

アサ「ほらユメちゃんも早く!今日は絶対ガチャで当たり引くんだから!できるだけ沢山食べてね!」

ユメ「(ガチャ目当てかい!)」

 

帰り道、駅までの暗くなった道を、街のネオンに照らされながら歩く。


アサ「美味しかった?」

ユメ「まぁ」

アサ「また行こーね」

ユメ「...はい」


ユメの1歩前を歩いていたアサは、地下鉄の入口を素通りする。


ユメ「アサさん?駅の入口ここですよ?」

アサ「あ、少しだけ行きたいとこあるんだけど、いい?」


2人は、海の見えるデッキの様な場所へやってきた。


アサ「そういえばユメちゃんって漫画とか読む?」

ユメ「あんまり読まないかもです」

アサ「あ、そうなんだ。「それ魔」とかしらない?」

ユメ「知ってますけど、読んだことは無いです」

アサ「え、マジで読んだ方がいいよ!めっちゃ面白いから!」

ユメ「は、はい」

アサ「ここはそれ魔の聖地でもあるんだよ!俺が1番好きなキャラがね?ここで......あー!!思い出しただけで泣けてくるぅ!!!」

ユメ「...」


アサ「ま、そんなことはさておいて、綺麗だよね、景色」

ユメ「...まぁ」

アサは海を見て、左を指さす。

アサ「お台場とか行ったことある?」

ユメ「無いですね」

次に右を指さす。

アサ「築地は?」

ユメ「無いです」

アサ「まぁ、それはじゃあ今度だね」

ユメ「...!」


アサ「とか言って。真っ直ぐ誘うと照れちゃうから、間接的に今度って言ってドキっとさせる作戦ね。はぁ、アセアセ」

ユメ「...からかってますか?」

アサ「からかってないよ。これがお近づきの印の”コミニュケーション”ってやつ」

ユメ「...」

アサ「あとこれ」


するとアサは、カバンからリボンと巾着で包装された包をユメに渡す。


ユメ「...?」

アサ「ハッピーバースデイ」

ユメ「!」

アサ「開けてもいいよ」

ユメ「ありがとうございます!」


ユメが包を開けると、中身は香水だった。


アサ「まぁその、ほら、匂いの好みとか分からないからさ、気に入らなかったら、、」

ユメ「使います!!使います!!ありがとうございます!!」

ユメは食い気味に喜んだ。

アサ「あ、よかったよ」

ユメ「これ、匂い試してみてもいいですか?」

アサ「どうぞ」


シュッ


桃色の香水が、夜風の中に、高く舞った。


彼女の綺麗すぎる横顔が、アサの目に焼き付いた。

それはまるで、眩しすぎて視界を奪ってしまうくらいに。太陽はもう、とっくに沈んでいるというのに。


数十秒、アサ自身もコントロール出来ない程に、アサの視線はユメに喰らいついて離れなかった。


ユメ「いい匂い」

アサ「...」


辺りは段々と無音を深めていく。


アサ「よし。もうすぐ電車無くなっちゃうかもだし、帰ろか」

アサはその場を去ろうとする。


ユメ「あの...」

アサ「ん?」


アサはユメを振り返る。


ユメ「これが、付き合うってことなんでしょうか?」


ユメは、アサから受け取った包を両手で握りしめて、アサに問いかける。


アサ「違うよ」


アサは視線を海に向けて答える。


アサ「見たら分かるでしょ。どう見ても不釣り合い。恋人とは程遠い」


ユメ「私じゃ、アサさんとは、」

アサ「違う違う。逆逆。ちんちくりんと美女。釣り合わないっしょ」

ユメ「でも」

アサ「大人ってのはね、こういうどーしようもないクズばっかりだよ?マジで」

ユメ「...」

アサ「俺は2種類いる大人の片方、”失敗した大人”の成功作。だから俺を反面教師にして、大人を教わってください」

ユメ「...は?」

アサ「とにかく、ユメちゃんが付き合うのは俺じゃない。もっとカッコよくて、一緒に夢を追いかけてくれる人とかいいんじゃない?」

ユメ「...」


ユメは悲しいとも険しいとも取れる表情を浮かべた。


ユメ「アサさんって、私の事どう思ってるんですか?」

アサ「んー。好きか嫌いかで言ったら、好きだよ」

ユメ「...」

アサの額から汗が流れる。


アサは少し冷めた風を吸い込み、一呼吸置いて答える。


アサ「大人になっていくとね、自分を愛せなくなるんだよ、人は」


ユメ「?」


アサ「それは何故か。その答えは、子供の頃に夢見てた理想の自分とのギャップを埋められないから」

ユメ「...!」

アサ「自分を愛せなくなった人間は、命を繋ぎ止める為に他人から愛情を搾取するようになる。与えることは最小限、究極貰うだけの方がコスパがいいからね。だから人は”小さな嘘”をつく。自分を愛してくれる人を”好きだ”ってね。その人にも、自分にも、嘘をつく」

ユメ「!」


アサ「子供の頃は、好き勝手に理想の自分を想像して時間を過ごせる。未来の自分に思いを馳せて。そして殆どの人は、理想の自分になれると錯覚するけど、現実そんなことは無い。何か自分から動いたり、積み重ねないと、理想の自分にはなれないよ。どんな人でも、いざ大人になった時、多かれ少なかれ、理想と現実は違うもの」


ユメは困惑の表情でアサを見守る。


ユメ「...」

アサ「身長が伸び続けたり、クラスのメンバーが変わったり、子供の頃は何もせずとも変化が多い。だから人はその変化を”成長”だと錯覚するんだよ。自分は成長出来てる、理想に近づけてるって安心しちゃうんだよ」

ユメ「...」

アサ「そして大人になって。今までずっと止まってたことに初めて気がつく。動いてたのは自分じゃなくて、周りの景色だってね」

ユメ「...」


アサ「君はこれから、そのギャップを埋める為の努力をしないといけない。まぁもう十分ってくらいしてるのかもしれないけど。俺がそこで教えられることは無いよ。だって俺は失敗した方だもん」

ユメ「...」


アサ「君は成功する大人になるんだ。だから俺とは違うってことだ」

ユメ「難し過ぎてよくわかりません」


アサ「俺は大人で、君は子供。君と僕は交わってはならない」


ユメ「じゃあアサさんは、自分が嫌いなんですか?」

アサ「...!」

ユメ「正直そうは見えません」

アサ「ははっ。ナルシストってことかな?まぁ、想像に任せるよ」


ユメ「私は、確かにまだ子供です」


アサ「...」


ユメ「私は......まだ理想も、希望も、愛情も、まだ持っています。子供だから」

アサ「...」


ユメ「私だったら、どんな”好き”でも欲しいです。今は」

アサ「...」


ユメ「アサさんが、自分を嫌いなら、」

アサは言葉を遮る。

アサ「それは辛いよ?」

ユメ「!」


微かに残る香水の匂いと、少しの潮の香りがした。

 

 

ーーーーー

 

 

あれから、1ヶ月が経った。

 

アサはあの日以来、ユメとは会っていない。

 

大学の課題をこなしながら、コンペ用の作品を片手間で済ませる日々。

ただ、その電子ペンを動かす手は日に日に遅くなっていた。


アサ「はぁ...」


夜も深け、ぼんやりとした暖色の光が、机上のアサの手元を照らす。


アサは、徐に、真っ白な紙切れを取りだし、その上に鉛筆を走らせる。


アサ「...」


夜が来る度にあの日の夢を、彼は何度見たことだろう。


澄み切った横顔。


何かを訴えるかのような潤いに満ちた目。


潮混じりの夜風に吹かれる、細くサラリとした、夜の闇に溶けてしまいそうな髪。


何一つ忘れることが出来なかった。


あの日アサは、体全身で理解してしまったのだ。ユメへの気持ちが紛い物でもなんでもない、”本物”であるという事を。


だがアサにとって、希望の光を信じて突き進む彼女の様な存在は、脅威にも映った。


傷つきたくなかったのだ。


彼女と共にいることは、彼女の背中を押し続けるのと同意だ。アサにはその眩しさに耐えうる精神力が残っていない。それ程に、アサは自らの限界を感じていた。


痛みを伴ってでも、彼女と一緒にいる覚悟があるのか、アサは決めなければならなかった。


堂々巡りする思考を傍目に、ペンはまるで自分の進むべき道が分かっているかのように、紙の上を滑る。


アサ「...」


今にも憂いが零れそうな視線の先に、モノクロの女性が微笑む。


アサ「...気持ち悪、俺」


アサは、紙切れを山積みにされたテキストの下に隠した。


ーーーーーー

 


少し時は経ち、


それまでもなんとなしにやり取りを続けていたアサとユメ。


ユメは居酒屋のアルバイトで忙しくしているようだった。


この日は珍しくユメから「会いたい」と連絡があったので、アサは心臓の高鳴りに嘘をつきながら家を出る。


今にも雨が降り出しそうな灰色の空の下、アサはユメの元へ急ぐ。


心臓の鼓動の速さに反比例して、足取りは重く、この日もアサの思考と態度は喧嘩していた。


アサが傘を忘れたことに気がつく時には、時すでに遅し。


そんなことを思っている時に、アサは一人で立つユメを見つけ出した。


アサ「おまたぁ〜待った?」

ユメ「いえ。今来たとこです」

アサ「模範解答乙」


どこ行く?と聞こうとした瞬間、ユメはずっと喉の手前で抑えていたであろう言葉を勢いよく吐いた。


ユメ「私、モデル辞めました!」


アサ「...は?」

ユメ「勢いで親の反対押し切って上京したけど、やっぱり東京には私よりずっと綺麗で、すごい人がたくさんいるなぁって」

アサ「...」

ユメ「だからもう私、ただのアルバイトです」

アサ「ほぅ」

ユメ「...」


ユメは、アサの言葉を待つかのように、アサを見つめる。


アサ「...とりあえず、お疲れ様」

ユメ「今日はそれだけ伝えに来ました」

アサ「え、これだけ?」

ユメ「...これだけじゃないけど、これだけです」

アサ「ごめん。ユメちゃんにとっては大事なことなのに」

ユメ「いえ、そういう訳ではありません。私東京に来たこと、後悔してません」

アサ「...そっか。これからどうするの?」

ユメ「...」


ユメは体全体に力が入る。


アサ「ユメちゃん?」

ユメ「私......」

アサ「...」


ユメ「アサさんが、好きです」


アサ「...ユメちゃん」

ユメ「...!ごめんなさい...告白とかするの初めてで、この後、なんて言っていいのか...」

アサ「ははっ。付き合ってくださいとか?」

ユメ「は!そうですね、なので、私と...」

アサ「ごめん。言わせてしまったみたいになったけど...」


ユメ「じゃあ変えます」

アサ「?」

ユメ「アサさんの気持ちを知りたいです」

アサ「気持ち?」

ユメ「アサさんって、嘘が上手だから」

アサ「は?」

ユメ「なんて言ったらいいのか...しぐさ全部が嘘くさいです。失礼だったらすみません...でもなんか本心が見えてこないっていうか。私は...」

アサ「...?」

ユメ「私は本心だけで、今ここにいます」

アサ「...!」


ユメ「アサさんが何を考えてるのか、私には分からないけれど、本当の事を言ってしまうのは、清々しいものですよ?」

アサ「...」

ユメ「私、アサさんみたいな大人になりたいと思ってた。気さくで、明るくて、私みたいな人にも話しかけてくれる。でもそれは、アサさんの表の顔なのかもしれない...」


アサは黙ってユメの話に耳を傾ける。

ユメ「私とアサさんの間には薄い壁があって、アサさんはまだ取り繕ってる。もしかしたら、そうやって自分を隠して、上手くやるのが大人になることなのかもしれないから、それは凄いことだと思います。私はアサさんみたいに器用には出来ません。それに、それをやめて欲しいとも思いません」

アサ「...」


ユメ「でも、私は、アサさんの仮面の下を知りたいって思ってしまった」

アサ「!」

ユメ「その結果失望するかもしれないし、幻滅するかもしれない、二度と会いたくないって、思うかもしれない。でもそれでもいいんです。今の私には失うものもない。それに、こんな気持ちになったのは、アサさんが初めてですから」

アサ「...」

ユメ「きっと最初から、私が教えて欲しかったのは”大人”なんかじゃなくて、アサさんだったんです。きっと」

アサ「...!」

ユメ「だから私と、一緒にいてください」


アサは言葉を必死に選んだが、何も出て来なかった。


だが、身体中を迸る熱を感じていた。これはほとんど、「答え」であることは、アサ自身も重々承知していた。


それと同時に、ユメの言葉一つ一つがアサの脳裏にこびりついた。一つ一つに反論しようとすればするほど、脳内回路がショートして、余計にものを考えられなくなる。


ユメ「もしここでお別れなら、大人しく実家に帰ろうと思います」

アサ「...」

ユメ「私が東京に残る理由をください」


雨が音を立てて降り出した。


急な雨に、街では沢山の人が建物の影に走って逃げ込んだが、2人の視界には映らなかった。


アサ「うん」

ユメ「?」

ユメは、雫に絡まれた髪を気にすることなく、心配そうな顔でアサを見る。


アサ「こんな僕でいいなら、僕とお付き合いしてください」

ユメ「...!」

アサ「幸せに出来るかは、分からないけどね」

ユメ「...!」

アサ「...返事は?」

ユメ「...あっえっと、はい!その...これからも、よろしくお願い致します」

アサ「ははっ。堅っ」


ここで初めて、アサは雨に気を配る。

アサ「ちょ、雨やばくね?」

ユメ「ふふっ。ですね」

アサ「傘ないから、向こういこ!」

アサは屋根の下を指さす。

ユメ「あ、私傘ありますよ」


ユメは、桃色の、小さな折り畳み傘を開く。


ユメ「どうぞ」

アサ「これ絶対2人用じゃないでしょ笑」

ユメ「いいえ」

アサ「ん?」

ユメは、アサに肩を寄せる。

2人の距離は、紛れもなくゼロだ。


ユメ「こうすれば、2人でも濡れません」

ユメは少し照れて言った。

アサ「...あのさ、一つだけ言っていい?」

ユメ「はい?」

アサ「普通に可愛すぎ」

ユメ「...!もう!そういうのが嘘くさいんですよ!」

アサ「あはは。本心本心。ガチ本心」

ユメ「そういうチャラいことばっかしてると、女の子に嫌われますよ?」

アサ「ユメちゃん以外に嫌われても、べつにいーや」

ユメ「......!」

アサ「...なんで黙るん?」

ユメ「...いえ」

ユメは微笑む。


桃色の傘は、灰色の街の中を弾むように進む。


アサ「あと別に、俺嘘ばっかついてねーしな」

ユメ「...すみません」

 

 

 

 

太陽と夢と月と朝②に続く。

 

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