太陽と夢と月と朝②「月と朝」

 

 

 

 

 

⚠️注意⚠️

 

この「太陽と夢と月と朝」は、「草も生やせない、恋をした」本編の前日譚にあたる物語です。

 

その為、「草も生やせない、恋をした」本編のネタバレを含みます。

 

本作単体でも十分お楽しみ頂けるようには制作されていますが、「草も生やせない、恋をした」を最後まで、もしくは8話まで読んで頂けた方の閲覧を強くおすすめします。

 

 

 

 

 

 

 

太陽と夢と月と朝

 

 

 

 


後編「月と朝」

 

 

 

 


その日から、私達の、恋人としての毎日が始まった。


1年、一緒に過ごした。

 

とある日、私とアサ君は、前に再会した、骨董通りハンバーガー屋さんに行った。


このツチツチバーガーには、よく2人で足を運んだ。


アサ「ひぇーうまいーあむあむ」

ユメ「おいしいね」


私達は大きなハンバーガーを頬張りながら話す。


アサ「いやー、やっぱ店内で食べるハンバーガーってうめぇや!いつもテカだからなぁ」

ユメ「テカ?」

アサ「そう。テカ」

ユメ「なにそれ」

アサ「テイクアウトだよ」

ユメ「いや分からないって」

アサ「君、僕の彼女何年やってるの?そろそろ慣れてもろて」

ユメ「はいはい。面白くねぇ女ですみませんでした」


アサ君はよく私のことを、面白くねぇ女と言った。

その度に少し悲しかった。


アサ「まだ言ってないぞ?確かに面白くはないけど」

ユメ「はいはい」


でもアサ君は前に言ってくれた。


「面白くなくて全然いいよ?ユメちゃんは一緒に居てくれるだけでいい。ユメちゃんが笑ってくれるのが、他の誰を笑わせることよりも嬉しい」


って。


あれ、少し違ったっけ?


「俺はユメちゃんをずっと見ていたい」


とも言ってたような。


でも、酔っ払ってたから、あれは本心なのかな?

 

まぁ、いいや。


ユメ「そういえばアサ君は、アルバイトとかしないの?」

アサ「まぁ派遣辞めちゃったしなぁ。どーしよ」

ユメ「せっかくなら働いてて楽しい所で働きたいよね」

アサ「まぁ。丸神水産(ユメのバイト先の居酒屋)はどうなの?」

ユメ「忙しいけどまぁまぁ楽しいよ。アサ君も来る?」

アサ「いや流石にカップルで同じ職場はなぁ」

ユメ「まぁそっか」


すると、とある男の店員が私達のテーブルにナゲットをもってやってきた。


店員「こちら、サービスです!」

アサ「え、ナゲット?いいんですか?」

店員「はい。お兄さん、いつも来てくれてるでしょ」

アサ「あーはい。割と!ここのハンバーガー好きなので!」

店員「本当ですか!ありがとうございます!自分ここの店長やってますツチツチバーガーの田中といいます!」

店員は、田中と書かれた、胸元に着いた名札を引っ張ってみせた。


アサ「店長さんなんですね!いやぁこのお店いいですよね!」

田中「ありがとうございます!初めての出店なんですけど、結構盛況頂いて、嬉しい限りですよ」

アサ「本当に美味しいです!」

田中「そう言ってくれると嬉しいです。いつか、日本中に店舗が出せるくらいになりたいなぁと」

アサ「凄いですね!まだ店舗ってここだけですか?」


店長さんと話し込むアサ君。楽しそうだ。


田中「そうっすね。もう少し安定したら2号店を東京で出そうかなぁと」

アサ「そうなんですね!応援してます!」

田中「ありがとうございます!じゃあ!」


店長さんはキッチンに戻って行った。


アサ「ナゲットもらっちゃったね」

ユメ「うん。美味しそう」

アサ「あれ、貰ったはいいけど、どうやってこれ食べるんだ?」

ユメ「そのまま...?」


すると、厨房の奥からバカでかい声が聞こえた。


田中「バーベキューで!!!!!」


ユメ「?!」

アサ「?!聞こえてたん?!」


机の上に備え付けの調味料で、バーベキューソースが置いてあった。


ユメ「あぁ。これか」

アサ「だね」

 

 


ーーーーーーー

 

 


明くる日。夜。


原宿駅にて。


アサ「昨日寝られた?」

ユメ「寝られたと思いますか?」


ハンバーガー屋に行った日、夜に解散した後、お互いの家に帰って電話をした。


電話が終わった時間は朝の10時。


もちろん、10時まで話し込んでいた訳じゃない。多分5時くらいには私が寝落ちしてしまっていた。10時に起きたのは、昼からのアルバイトのために起きなければならなかったからだ。その時に電話を切った。


アサ「だから言ったじゃん。アルバイトあるから電話はキツいでしょ?って」

ユメ「でもそれだったらアサ君が2時位に切ってくれればいいじゃん」

アサ「話のキリが悪かったじゃん?それにユメちゃんだって自分からきれば良かったのに」


アサ君とはこんなやり取りをしょっちゅうする。これが喧嘩にカウントされるなら、ずっと喧嘩していてもいいなって思うくらい、私にとっては大好きな時間だった。


夜の公園では、アサ君は私にスケボーを教えてくれた。


意外と教え方が上手で、それなりに乗れるようになった。


でも、アサ君がスケボーに乗ったら、私のそれとは比べ物にならないくらい上手だった。


ユメ「なんか、スケボーリーグとかあればいいのにね?」

アサ「調べればあるんじゃない?知らんけど。でもなんで?興味でた?」

ユメ「いや、アサ君も活躍できるんじゃないかなって」

アサ「へ?」

ユメ「アサ君、将来どうなりたいの?」

アサ「え、将来?」


アサ君は顔を逸らしてシンキングポーズをとる。


アサ「え、分からない」

ユメ「アサ君ってさ、何がしたいの?」

アサ「別になにも。ユメちゃんと居られれば、今はそれだけでいいかなって」

ユメ「私別に、アサ君に何もあげられないよ」

アサ「そんなことないよ」

ユメ「私だって、いつまで居られるか分からないよ?」

アサ「え...?どういう意味?」


少しまずいことを言ってしまった。


ユメ「いや、別れたいとかそういう意味じゃないよ?でも、ずっと一緒に居られるかは分からないじゃん?」

アサ「何?ドラマでよくある留学しちゃうよ的なやつ?それともファンタジーみたいに、地球救う為に姿消しちゃうとか?」


アサ君は、おどけてみせたけど、私からも分かるくらいにアサ君の表情は固かった。


ユメ「そういう意味じゃない。私だってずっと一緒にいたいけど、恋なんて何があるか分からないじゃん」

アサ「...大人なこというやん」

ユメ「だから、アサ君には、楽しい人生送って欲しいなって」

アサ「俺は今楽しいよ?」

ユメ「...そういう意味じゃなくってさ」

 

言葉が出なくなった。

 

静かな時間が続いた後、アサ君が空を見上げながら言った。


アサ「月って綺麗だよね。でも月なんて、太陽に比べたらちっぽけな星さ。月はあんなに輝いているのに夜はくらいままだ」


アサ君の”この”モードが始まった。


アサ「月に出来ることは、せいぜい自分が輝くことだけ。太陽みたいに、世界を照らすことは出来ない。月は結局、周りに比べて少し目立つ程度の存在なんだよ」

ユメ「...それが何?」

アサ「俺たちってさ、月みたいな人間だなぁって思って。周りから見たらなんかちょっと凄くて、ちやほやされるけど、別にあっても無くても、周りにとっては関係ないんだよね」

ユメ「...」

アサ「その点太陽はさ、昇るだけで一気に空間がパーッと明るくなる。そういう太陽みたいなひと握りの人間が、やりたいことで生きていけて、成功するものなんだよなぁ」

ユメ「アサ君...」


アサ「俺は太陽みたいな人間にはなれない。それはもう分かった。だから空に輝く無数の星と同じく、ただ毎日を、不自由なく生きていければそれでいいんだ。ユメちゃんだって、そう思ったからモデル辞めたんでしょ?」

 

何も言い返せない。


アサ君は、スケボーを足で傾けて、拾い上げた。そして少し笑った顔で言う。


アサ「そろそろ帰ろっか」


アサ君は、コンクリートの道を、駅の方へと歩き出した。私は上手く言葉が出てこなかったから、アサ君についていくしかなかった。


心のやり場がなくって、アサ君の右手を強く握ったら、優しく握り返してくれた。


でも今思えば、アサ君こそやり場のない無力感を抱えていたのかもしれない。


アサ君が握り返してくれた手は、いつもより少し頼りなかった。

 

 

ーーーーーー

 

 

あの日から1年。月を見る度にあの日の事を思い出す。


今までは綺麗に見えていた月が、今は哀しく見える。


毎日形を変えて輝くさまが、少し切なく感じた。


気づけばアサ君のヘアスタイルも満月から新月みたいになっていた。


満月に照らされながら、私達は同じ方向の電車に乗る。

 

 

ユメ「お邪魔しますー」


アサ君の家に初めて行った。


アサ「あの、臭かったら言ってね」

ユメ「うん」

アサ「やっぱ傷つくから言わないで」

ユメ「どっち笑」


アサ君の家は綺麗に整理されていた。

大きなキッチンには少しずつ減った調味料と、使用感の残るスポンジなどが置いてあった。

クローゼットには見慣れたジャケット数着と、見慣れないスーツが1着、所狭しと並んでいた。


ユメ「なんか、アサ君って人間なんだね」

アサ「どゆこと?」

ユメ「なんか可愛い」

アサ「げへげへ」

ユメ「ちょっと勘違いだったかも」

アサ「ぐでー!」


アサ君は部屋着に着替えて、私は外着のまま2人でゲームをした。

 

小さな画面を2人で覗き込む。


アサ「ダイレクトアタック!!」ドカッ

ユメ「あ!!アサ君ずるい!!」


アサ君は私に格闘ゲームで負けそうだからって、物理的に妨害してきた。大人気ない。


アサ「いやぁお主も弱いのぉ」

ユメ「もういいや」

アサ「まってまってまって!!ごめんて!!次は手加減するから!!」

ユメ「手加減したら余計勝てないでしょ」

アサ「そんなこたァないさ。俺の最強キャラはこんなもんでは無いぞよ」


そんなこんなで結構長い時間ゲームした。だいたい私が勝った。

 

アサくんは伸びをして立ち上がる。

 

アサ「ユメちゃん強すぎ〜も〜はい、みたらいみたらい」

 

御手洗のことだ。


アサ君がトイレに行った隙に、勝手にアサ君の机の引き出しを覗いた。こういうこと、ずっとやってみたかった。


アサ君は話しても話しても全然素性が分からない。私は彼女なのに、アサ君の事を全然分からない。少なくとも私はそう思っていた。

アサ君は「いや、めっちゃ自分の話しとるやん」と言うけど、そういうことじゃない。

なんていうか、肝心なところが読めない。アサ君は。


引き出しを開けると、沢山のイラストが出てきた。


何枚もあったので、私はそのイラストに見入ってしまった。


アサ「ストップ」


ビクッ!


私は背後のアサ君に全く気が付かなかった。


ユメ「え、なんで?」

アサ「なんでって。こっちがききてぇー」

アサ君は軽く頭を掻きながら言った。

ユメ「だって、トイレの流す音がしたら戻せばいいかなって」

アサ「ずるくて草。てか流したわ。どれだけ耳悪いん?」

アサ君はそう言いながら、私の持っていたイラストを全て取り上げ、元通りにしまった。


アサ「どこまで見た?」

ユメ「いや、3枚くらいかな...風景の絵と、ロゴ?の絵」

アサ「よかったぁ〜じゃあユメちゃんのバリ可愛い似顔絵は見られてないのかぁ。見られたら恥ずかしいから良かったわぁ」

ユメ「え!!何それ!!」

アサ「いや見てないなら見せないよ?」

ユメ「見せてよ!!私?!書いたの?!」


引き出しを開けようと力づくで手をかけるも、アサ君に体ごと阻止された。私とアサ君は引き出しの前で格闘する。

アサ「おい!じゃれつくすな!あく・ドラゴンの俺様には効果抜群なんだよっ!」

ユメ「ちゅうにびょうおつっ!」

 

結局、引き出しの前に立たれて、気になる絵は見れなかった。


アサ「まぁまぁまぁ落ち着きたまえ」

ユメ「てか、アサ君絵上手だね」


2人とも息が荒くなっていた。


アサ「まぁね。一応その、デザインで色々と?やってみたかったからね」

ユメ「そうなの?」

アサ「もうやめたけど」

ユメ「え!すごいじゃん!ちょっと見せてよ!」


私がそう言うと、アサ君は机からファイルやタブレットを引っ張り出して、私に見せてくれた。


ロゴやキャラクター、風景など、色々な作品が並んでいた。


ユメ「どれも自分で書いたの?」

アサ「まぁね」

ユメ「私知らなかったよ。凄いね」

アサ「ありがとう」

ユメ「独学?」

アサ「センス」

ユメ「で、私の似顔絵は?」

アサ「自然な流れで聞こうとすな。見せないよ。人間描くの得意じゃないから」

ユメ「でも書いたんでしょ?怒らないから見せてよ!」

アサ「失礼な!怒られない程度のクオリティはあるわ!めっちゃ可愛く書いたんだからね?」


そういったアサ君の言葉の最後の方は、外国人のカタコトのようになっていた。


ユメ「じゃあ見せてよ」

アサ「やーだ」

ユメ「見せろ」

アサ「...!ユメちゃんも乱暴になったもんだね」

ユメ「私には、見る権利があります!」

アサ「...はいはい」

ユメ「...!」


アサ「じゃあすわりーや」

ユメ「?」

アサ「今から描くわ」

ユメ「え?」


アサ「だから、今から描くから、それで良いでしょ?」


ユメ「...いいの?」

アサ「うん。ユメちゃんが良ければね」


アサ君は私を椅子に座らせる。アサ君はベッドに座りながら、タブレット上のペンを走らせた。


そして、描きあげて3秒。


アサ「出来た!」

ユメ「え、早くない?」


アサ君が見せてきたそれは、変なへのへのもへじだった。


ユメ「...!ふざけないで!」

アサ「はいはいっと」


とは言ったものの、流石に面白くて吹き出してしまった。


アサ「ひぇーーーー!」

ユメ「ん?」

アサ「いいえ?何でも?」

アサ君は少しニヤついた顔で答える

ユメ「何?」

多分この時、私の顔もニヤついていた。

アサ「まぁいいから、とりあえず描くから」


すると、何かを思いついたように、アサ君は引き出しの中を探る。


ユメ「どうしたの?」

アサ「いや」


アサ君は、タブレットと電子ペンを、スケッチブックと鉛筆に持ち替えた。


ユメ「鉛筆で描くの?」

アサ「その方がなんかエモいやん?」


そういうとアサ君は、スケッチブックに鉛筆を走らせた。


沈黙が1分くらい続いた。


ユメ「喋ってもいい?」

アサ「あ、ごめん。いいよ」


私は、最近あった出来事をアサ君に話した。


アサ君は、指先に集中しながらも、時折私を見て頷いたり、笑ってくれた。確認の意味もあったのかもしれないけど。

こんなに人から暖かい視線を貰ったのは初めてかもしれないって思うくらい、アサ君の眼差しは優しかった。

黄色い室内灯が、そんな私たちを柔らかく包み込む。


アサ君は私の話になると、優しく話を聞いてくれた。オチがなかったり、つまらない話でも、ずっと聞いてくれた。

そういう所が、私は凄い好きだった。

 

初めて会った時から、アサ君はなんか違った。

 

私という人を、まっすぐ受け入れてくれるというか、社交辞令とか、建前じゃなくて、近藤夢っていう私と、仲良くなろうとしてくれている感じがした。

 

きっとアサ君は友達も多い。私が知らない友達だって多分たくさんいる。アサ君の物語には沢山の登場人物がいるはずだ。

 

バイト中に初めて会った時の私なんて、アサ君にとってはモブキャラだ。でもアサ君は、そんなモブキャラにもしっかり名前をつけてくれるような、そんな人だ。

 

だからかな、私がアサ君を好きになったのは。


アサ「ま、こんな所かな」


アサ君は組んだ膝の上でスケッチブックを180度回して見せた。


アサ「どうですか?」


スケッチブックの中には、笑った私がいた。


ユメ「凄い...!私だ!」

アサ「気に入って貰えたなら良かったです」

ユメ「これ、貰っていい?!」

アサ「いいよ」

ユメ「ありがとう!嬉しい!」

アサ「へいへい」

ユメ「これからも沢山描いてくれる?」

アサ「うーんそれはちょっとなぁ」

ユメ「え...」


この時私は、私が正しいと思っていたし、アサ君はふざけてそう言ったのかもしれないけれど、今考えれば、きっとアサ君は本当に描きたくなかったんだと思う。


やっぱりタダで人に絵をプレゼントするのは嫌なのか、はたまた、もう絵を描きたくなかったのか。


ユメ「アサ君は凄いなぁ」

アサ「何が?」

ユメ「なんか、凄い」

アサ「意味わかんな」

ユメ「私はこんなに絵を上手く描けないし、スケボーもかっこよく乗れない」

アサ「そりゃ人には得手不得手がありますから」

ユメ「...まぁね」


その代わりに私が出来るものなんて、正直なかった。


何をやっても平均かそれ以下。


私が何も出来ないから、アサ君が凄く見えるだけ?本当にそうなのかな?


私から見たアサ君は本当に凄くて、才能溢れる人なのに。


だからきっとこの先は、私には分からないんだろうな。


アサ君はもっと上、もっと先を知ってるから、自分の実力をこうやってわかった気になっちゃうのかな。


アサ君と私、こんなに近くにいるのに、見てる世界が違うのかな。


私は何も出来ない。見た目こそ褒めてもらえるけど、私はモデルにとって必要な技術を何も持ってなかった。


でもそれ以上にいけなかったのは、何も努力をしなかったことなんだろうな。


田舎にいたから、私はきっと、東京に行けば夢は勝手に叶うと思い込んじゃったんだろうな。


でも実際そんなことは無かった。


東京には沢山の人が住んでて、残酷なことに東京に住んでるってだけで夢が叶うなんてことは無い。


そんなの、ちゃんと考えれば分かることなんだろうけど。


アサ君は全部持ってて、全部知ってる。

 

アサ君はきっと、自分の好きなものに向かって凄い努力したんだろうな。


知識とか経験とか、私が持ってるものとはきっと違う。

 


私はアサ君が好きだ。


いや、正直、それ以上の感情を持っているかもしれない。

 


”憧れ”

 

 


私は、アサ君の見ている景色を見たかった。

 

 


ーーーーーー

 

 


数ヶ月後。

 

この日の天気は雲ひとつない青空だった。


私はアサ君とデートした。

 

その日の帰りに、

 

ユメ「アサ君」

アサ「ん?」

ユメ「私から、重大発表があります」

アサ「重大発表?」

ユメ「それはー」

アサ「それは?」


ユメ「私、もう1回モデル目指します」


この時のアサ君の顔は忘れない。

アサ君は喜んでくれなかった。

でも、顔は笑っていた。


アサ「あ、マジ?」

ユメ「うん!」

アサ「そうなんだ、事務所とかどうするの?」

ユメ「実は、前よりも大手の事務所のオーディションに受かったの!」

アサ「あ、そうなの!おめでとう!」

ユメ「ありがとう!まだ誰にも言ってないから、内緒ね」

アサ「誰にも言わないよ」

ユメ「私も正直受かると思ってなかったし、内心ビックリって感じ」

アサ「...」


ユメ「私もね、ちゃんと諦めたいなって」


アサ「...?」

ユメ「足掻いてもがいて、自分の限界を知ってから、一段一段、登ってきた階段を降りてみたいなって」

アサ「どゆこと?」

ユメ「私はまだ、優しい世界で生きてたんだろうなって。子供だし。大人になるには、どこかで残酷と友達にならないといけないと思うの」

アサ「...」

ユメ「私が思うに、そういう人って、凄く魅力的で、私もそうなりたいなって思った」


アサ「は、はぁ」


ユメ「だからまずは登ってみる。頂上が見えるまで。それでまぁ、結構登れたらラッキー!的な?」

アサ「...」

ユメ「太陽は無理でも、月くらいにはなれるかな」

アサ「ユメちゃんは僕の太陽だよ」


いつになくぼそっとアサ君は呟いた。


ユメ「え?」

アサ「いや、なんでもないさぁ。ま、そうね、人生1度きり!しっかり楽しむべし!俺も応援するぜぇ」

ユメ「ありがとう」

アサ「ユメちゃんはきっと、いいモデルになる!俺はそう信じるぜ!」

ユメ「うん、ありがと」

アサ「俺も就活頑張るかぁ」

ユメ「一緒に頑張ろう!」

 

微笑んだアサ君の顔は、少し哀しそうだった。

 

 

 

 


二年後

 

 

 

 


深夜。渋谷。


アサ君はタクシーを捕まえる。

 

私は少し高い服装に身を包み、見慣れた黒いタクシーに乗り込む。


アサ君は長い髪に少し油の匂いを漂わせながら、私の家の住所を運転手に伝える。

 

私は窓の外を見る。


ガラスに映る、反対の窓を見てるアサ君の後頭部を通り越して、私は夜の街を見る。


ふと、道路整備の赤いライトと、蛍光ラインの入ったジャケットに身を包む作業員が目に入る。


ユメ「この時間から働くなんて凄いなー私尊敬しちゃう」

アサ「でもユメちゃんも遅くまで仕事だったでしょう。お疲れ様だよ」

ユメ「ありがとう。でも私はこれから寝れるし」

アサ「確かに」

ユメ「ね、だからあんな風に夜勤は出来ないなぁ」

アサ「人が夢を見ている間に、着々と仕事をする。すごいや」

ユメ「...?」


アサ「俺には無理だわ」


アサ君は、反対の窓をずっと見てた。


アサ「そう言えば、明日天気悪いらしいね」

ユメ「ね、打ち合わせ嫌だなぁ」

アサ「俺も仕事行きたくねぇなぁ」

ユメ「雷降るかもって」

アサ「マジ?」


タクシーは車の居ない道を真っ直ぐ進む。


そして、タクシーは私の家の前に止まる。


会計を済ませてタクシーを降りる。


タクシーが走り出した。

 

アサ「ユメちゃん」

ユメ「何?」

 


アサ「好きだよ」

 


ユメ「...?え?なに?お酒飲んでる?笑」


アサ君の顔は未完成な真顔だ。

 

 

アサ「好きだよ」

 

 

 

 

 

 

本編に続く。

 

nbsrskniw.hatenablog.com