草も生やせない、恋をした。⓪「プロローグ」

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第0話「プロローグ」

 


《渋谷/スクランブル交差点》


ザワザワザワ...


午後6時。曇り空。渋谷の街は煩い。


耳から聴こえる筈のバンドの四重奏も、心臓の脈打ちによってかき消された。


この居心地の悪い緊張はなんだろう。

いや、無理もない。これから何人もの、見ず知らずの他人に囲われに行くのだ。


(別に興味もないんだけどなあ、、)


入ったばかりのLINEで言われるがままに、サークルのOB交流会とやらに向かうところ。


交差点を足早に抜け、センター街を抜けたあたりで歩く速度を落とす。

人波に沿ってメインストリートを進むと、会場の居酒屋の入るビル前に着いた。辺りを見渡してから、少し道路脇に寄って、スマートフォンを取り出す。画面には先輩から

「着いた人から入ってきていいンゴ」

とのメッセージと、同級生からの気疲れするほど「!」の付いたメッセージがチラホラと浮かぶ。


ハナ「ソラちゃん?」

ソラ「あ!ハナちゃん、、?」


後方から声をかけられた。振り返るといつもより少し着飾ったハナが立っていた。ハナは大学に入って初めての友人と呼べる存在だ。この頃はお互いちゃん付けで探りあっていて妙に気恥しい。


ハナ「早いね!もう中はいる、、?」

ソラ「そうだね!待っててもアレだし、行こっか!」


狭くて汚らしい、粗雑な明るさのエレベーターに2人でぎゅうぎゅう詰めで乗り込む。はぁ、あと何時間後に開放されるのだろうか。

 

ーーーーー


ピンポーン


ドアが空いた途端野太い男達の声がサラウンドで聴こえる。暖色照明に、煙草か料理かも分からないような、白く煙たい空間が広がる。


店員さんにはハナが応対してくれた。案内されるがままに煙の中を進むと、座敷に腰かける20名ほどの顔が目に入った。半分くらいは同級生だったので顔が分かる。少し前に知り合ったくらいの顔でも、これだけ知らない人の中に放り込まれると妙に安心感を覚える。


男A「あっ!こっちこっち!ここ座って!」

通路に近い側の席にそのまま座る。

ハナ「こんにちは、、」

ソラ「初めまして!」

当たり障りのない挨拶を一通り終える。

男A「何飲む?ビールとか飲めない?あっソフドリでもいいよ!」

催促されるように、お酒の写真が敷き詰められたメニューを机いっぱいに広げられた。


男B「やばいー!○○ちゃんかわいい!」

男C「今年皆えぐ可愛くね?」

奥の席からは興奮した男の先輩達の声が聴こえる。私達もあと2年後にはこうなっているのだろうか。


メンバーもほぼ揃い、OBの内の一人の音頭で乾杯をする。高校時代には持ったことの無い重さのジョッキを、慣れない手つきで周りの人とぶつけ合う。


注文されていたフライドポテトを少しずつ食べながら、2個上のOBらの質問に答えていく作業をする。


男A「ハナちゃんはさ、彼氏とかいるの?」

男D「え!気になる!」

ハナ「いないですね、、」

男A「へぇー!居そうなのにね!ソラちゃんは?」

ソラ「私も今はいないですね」

男D「えー!マジか!へぇー、、でも大丈夫!大学入ったらすぐ出来るよ!マジで!」


別に私は恋人を作るために大学に入った訳では無いのだけれど。


先輩達は、楽しげに話しかけてくれるものの、私たちが頼んだドリンクがコーラとカルピスだったからか、少々居心地の悪さを感じているように見えた。何度も視線を斜め上にやりながら、話題を探していた。

男達がグビっとジョッキを空にする。話題を捻り出そうと口を真一文字に結んだ沈黙の後、まさにその時だった。


???「お待たせ!遅くなった!」

 

威勢のいい挨拶と同時に現れたのは、小麦色に焼けた短髪の男性だ。

 

ーーーーー

 

一同はおぉー!と声を上げ、その男性を迎え入れた。

女A「ヒカルぅ!遅いじゃん!」

女B「もうみんな結構のんでるよ〜」

その男性はヒカルと呼ばれていた。

ヒカル「ごめんごめん!研究室の集まりが長引いて、、」

男A「何飲む?ビール?」

机に広げられたメニューに手を伸ばすも、ヒカルはそれを待たずに生かなと告げる。


ヒカルと呼ばれる男性は私の斜め前の、1番通路側に座った。ビールが到着し、もう一度ジョッキをぶつけ合う。

ヒカル「君たち、名前は?」

ハナ「岡崎花です!」

ソラ「鈴木空です...」

ヒカル「俺は山田光。ヒカルでいいから」

ハナ「ヒカル先輩は3年生ですよね、、?」

ヒカル「うん!一浪してるから皆よりは年上だけど」

確かに彼は周りの男性陣と比べても少し大人びて見えた。


男B「ヒカルいい子見つかった?そろそろ彼女作っとけお前も?」

男C「1女可愛い子めっちゃいるぞ?」

奥の席に座っていた男たちが顔を赤らめながらこちらにやってきた。


ヒカル「確かにみんないい子だと思うよ。まだあんま分からないけど笑」

奥の女性陣が充血した目でじとーっとそのやり取り見ている。

ヒカル「まぁ、とりあえずビール飲み終わったから、もう一杯いくわ!」

それを聞いた男たちはウェーイ!!と謎の掛け声を上げて気がつくとどっかへ行っていた。


それから暫く彼らの他愛もない話に付き合った。

ハナ「そろそろ帰ろうかな、、」

男A「え?もう帰っちゃうの?」

ハナ「終電早くて、、」

男A「あ!それは、、仕方ないね!おっけ!気をつけてね!」


ソラ「もう帰る?」

ハナ「うん、、」

男A「ソラちゃんは終電何時?」

ソラ「私もそろそろ帰ろうかな、、」

ヒカル「帰れるうちに帰った方がいいよ?」

男A「もう少しいてもいいんだよ?こっちは大歓迎!」

ソラ「じゃああと30分で帰ります」


ハナは帰っていった。

私はハナと同時に席を立ち、御手洗を済ませて席に戻った。戻ると、男Aらは奥の席でサークル内の恋愛トークに花を咲かせていた。ヒカルはスマートフォンとにらめっこしながら、半分ほど残るビールを流し込んでいた。


ソラ「ヒカルさんは趣味とかあるんですか?」

謎に話しかけてしまった。

 

ーーーーー


ヒカル「うーん。サッカーの試合見るとか?」

ソラ「そうなんですね!どこのファンなんですか?」

ヒカル「横浜ベルスカイズだよ」

ソラ「ベルスカイズ分かります!横浜出身ですか?」

ヒカル「そう!」

ソラ「私もですよ!」

ヒカル「そうなんだ!へぇー!どの辺?」

ソラ「上の方です」

ヒカル「観覧車あるところとか?」

ソラ「そうです!ヒカルさんは最寄りどこですか?」

ヒカル「俺は割と下の方」

ソラ「あー、、あんま行ったことないですね」

ヒカル「いや、なんも無いしね笑」

ソラ「あはは」

ヒカル「帰り道もしかして同じかな?」

ソラ「東横線ですか?」

ヒカル「そう!横浜駅まで」

ソラ「お!東横民ですね!」

ヒカル「帰り一緒に帰れるね!」

少しだけどきっとした。


ソラ「はい!そう、ですね!」

男A「みんなーきいてきいて!そろそろお開きにします!」

周りが一斉に重い腰を上げ始めたせいか、少しふらついた。中途半端に残ったグラスや大皿が散見される。雑に並べられた靴の中から自分のものを探して履く。


男A「二次会行く人はお金あとでまとめて集めます

ー!」

ヒカル「ソラちゃんは二次会いく?」

ソラ「いや、私は帰ります、、」

ヒカル「そうだったね。じゃあ俺も帰るから一緒帰ろか?」

ソラ「あっはい、是非、、」


わかっている。別に自然なやり取りなのだが、どこか他意を感じてしまう。ヒカルの妙に整った容姿が、客観的に見て物事をそういう方向に考えさせているような気がした。


再びエレベーターにぎゅうぎゅう詰めになって乗る。今度は正真正銘のぎゅうぎゅう詰めだ。

何回かに分けて全員が1階におりた後、OB会はその場で解散した。


とはいえほとんどのメンバーが二次会に参加したため、帰り道は静かだった。

 

ーーーーー


それぞれの路線の駅の入口で人が減っていき、ヒカリエ前まで残ったのは私とヒカルだけだった。


PASMOをサッとタッチし、改札をぬけ、東横線のホームに向かう。急行に乗り込み、少し混んでいる車内でヒカルと私は向かい合って立っていた。

背丈もあるヒカルは混雑した車両の中でも一際目立った。少し経ってヒカルが車内広告のひとつを指さして話した。


ヒカル「あの人カッコイイよね。名前なんだっけ」

ソラ「山崎匠海です!カッコイイですよね!」

恐らくヒカルは芸能人に興味が無いタイプだろう。だけど、沈黙を嫌って話題を捻り出したんだろう。


ヒカル「山崎匠海か、なんかの映画で見た事あるな、なんだっけな」

ソラ「ボクスイ?」

ヒカル「ボクスイ?あ、僕の膵臓が、、なんちゃら?」

ソラ「そうです!僕の膵臓を食べてくださいっていう映画です!」

ヒカル「有名だよね。名前は聞いたことある!」

ソラ「マジでいい話なんですよ!」

ヒカル「へぇ!俺映画とかそんなに見ないからなぁ、どんな話なの?」

ソラ「語っちゃいますよ?主人公は匠海で、匠海が相手役の海辺南ちゃんのことを好きになるんですよ。でも南ちゃんは他の男の子の事が好きで、匠海は一生懸命振り向かせようと頑張るんですけど、南ちゃんは振り向かないんです。そしたら匠海が膵臓癌になっちゃって、、南ちゃんに僕の膵臓を食べてくださいって言うんですけど、南ちゃんはもう好きな男と結ばれちゃってて、、それで最後に匠海が病気で死んでしまうんですが、「どうか幸せで」って言って死んでいくのが、ほんと涙無しには見られないんですよ、、」

ヒカル「すごいね、、バッドエンドなんだね」

ソラ「バッドエンドですかね?」

ヒカル「え、話を聞いてる限りはそうだよ?」

ソラ「見てみてくださいよ、ボクスイ、見たら多分分かりますよ?」

ヒカル「うーん。わかった笑」


長々と語っている間に、乗換駅に着いた。


ソラ「では私はおりますね」

ヒカル「ありがとう!楽しかった」

ソラ「こちらこそ!ありがとうございました!」

ヒカル「またね」

ソラ「じゃあ!」

私は電車を降りた。振り返らずにそのまま階段をおり、地下鉄に乗り換えた。狭い車内はスーツ姿のやつれた大人が間隔をあけて座していた。


ケータイを開いて、会の参加者が参加しているグループLINEのリストを開いた。hikaruという名前で登録されているアカウントのトップ画面には、さっきまで隣いた男のユニフォーム姿が映っていた。


迷った挙句、追加はせずにそのまま画面を閉じた。

 

ーーーーー


あのOB会から一週間が経ち、大学生活にも慣れた頃だった。突然、ヒカルから携帯宛にメッセージが届いた。

hikaru

「この間はありがとう!」

「ボクスイみたよ!面白かった!」

そして少しあけて

「今度会えませんか?ソラちゃんともっと話してみたいです」

私は驚いた。

 

ーーーーー


横浜駅/JR中央改札》


ヒカル「ごめん!遅くなった!」

ソラ「待ってないですよ〜」


前のLINEの後、少し悩んで、私は結局彼の誘いを受け入れたのだった。今日はヒカルと約束をした日だ。時は昼下がりの横浜。駅で待ち合わせた。いつも以上にカップルの姿が目に付いた。


待ち合わせ時間の10分前に彼は現れた。私はというと、駅ビルで買い物をしていたため早めに着いていた。

ヒカル「今日は来てくれてありがとう!」

ソラ「こちらこそ、お誘いどうもありがとうございます」

ヒカルは白いワイシャツをかっちりと着こなし、安物では無さそうなキレイめのローファーを履きこなしていた。タイトなジーパンはこなれていて、彼のいい男感を絶妙に演出した。


ヒカル「じゃあいこっか!」

場所は2人の家の中間地点の横浜ということになり、簡単なランチと散歩をしたいとの事だった。


ヒカルが予約したであろうオシャレなカフェで昼食をとった。ここではお互いの身の上話を話した。彼は私の話を真剣に聞いて、いいタイミングで相槌を入れてくれた。悪い気はしなかった。


ヒカル「でも俺はボクスイのエンディングはバッドエンドだと思うな〜」

ソラ「えー?!そうですか?」

ヒカル「だってさ、俺が匠海だったら、自分で好きな子を幸せにしたいって思うしね」

妙に真っ直ぐな視線で彼は言った。

ソラ「まぁ、それもそうですね!」

私が御手洗に行った際に、ヒカルはお会計を済ませていた。お礼を一通り済ませて店を出た。


ヒカル「歩くのは嫌い?」

ソラ「私歩くの好きなんで、全然いいですよ〜」

それから私たちは少し歩いてみなとみらい方面に向かった。みなとみらい周辺でウィンドウショッピングをした後、遊園地に向かった。


ヒカル「高いところ大丈夫?てか、2人で観覧車とか嫌かな?」

ソラ「まぁ、いいですよ!私は」


ヒカルは逐一私に尋ねてくれた。所作もスマートで、優しかった。

そして言われるままに2人で観覧車に乗った。午後6時過ぎ、薄汚れた観覧車の窓からは暗くなりかけた空が見える。頂点に達した頃になって、ヒカルが口を開く。


ヒカル「あのさ...」

ソラ「はい?」

ヒカル「俺、その、」

ソラ「?」

ヒカル「ソラちゃんのこともっと知りたいって言うか」

ソラ「...」

ヒカル「...好きになっちゃった、かもしれない」

ソラ「...!!」

ヒカル「いや!ごめん!ちゃんと言わせて、!ソラちゃんのことが...好きになりました」

ソラ「...はぁ...」


変な声が出た。今の私はどんな顔しているのだろうか。ヒカルの虹彩越しに顔を確認しようとも、眼差しが熱を帯びすぎていて、直視できない。


ヒカル「もし良かったら、その、付き合って欲しい」

ここまでストレートかつベタに告白される経験はなかった。正直初めてヒカルと2人で会ったため、心の準備は一切していなかった。

ソラ「ま、まぁ、いいですよ」

ヒカル「ほんと?」

ソラ「は、はい」

ヒカル「よかった!本当に?」


もうわけがわからなくなって、今日1日のやりとりと同じノリでイエスを唱えてしまった。

きっと嫌ではなかったのだろう。その瞬間は確か、そうやって自分を納得させた。


そしてヒカルはどこまでも紳士だ。動揺はしていたが、同年代の男性達のように舞い上がった態度は見せなかった。そんな彼の態度に、どこか私も、安心感を覚えていたのは間違いではないだろう。


こうして私はヒカルと、彼氏と彼女という関係になった。


当時の私の感情が「好き」というものであるならば、「好き」という感情は、穏やかで、軽やかで、癒しを帯びたものであるに違いないだろう。

 

 

でもこの時の私は、まだ知らないことが多すぎたのだった。

 

 

第1話に続く。

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