草も生やせない、恋をした。⑥「いつか花開くその日まで」

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第6話「いつか花開くその日まで」


《ツチツチバーガー2号店》


柴田「ソラちゃん!中の片付け手伝って貰える?」

ソラ「あ、わかりました!」

客「すみませーん。お会計くださーい」

柴田「あっはーい」

閉店間際で、少しドタバタしていた。私は柴田の指示通り、厨房の片付けに加わった。


ヒビキは、厨房の床を小刻みにブラシで擦っていた。

ソラ「ねぇ、洗濯物の洗剤ってどこにあるかわかる?」

ヒビキは、鼻先をフンっと一瞬振るわせて、洗剤の場所を伝えた。

ソラ「ありがとう。これも一緒に洗っちゃって良いのかな?」

ヒビキはコクリとうなづいた。ヒビキは私と会話を交わそうとしない。居心地の悪さを感じた私は、ヒビキに言葉を投げ続けた。

ソラ「ヒビキやっぱり体調悪い?」

ヒビキは、無視して、床を擦り続けている。

 

ソラ「おい!なんか話せや!笑」

ヒビキ「...」

ソラ「おい!」

ヒビキ「っなんだよ!」

ソラ「喋った」

ヒビキ「仕事しろ」

ソラ「仕事仲間とコミュニケーション取れないのもどうかと思うけど?」

ヒビキ「お前との無駄なコミュニケーションは非効率だ」

ソラ「てか、鼻に泡ついてるよ?ウケる」

ヒビキは慌てて腕を鼻にこすりつけ、腕についた泡を凝視した。

ヒビキ「うるせぇな」

ソラ「感謝ぐらいすれば?白っ鼻のトナカイじゃん笑」

ヒビキ「誰がトナカイだ?てめぇみたいなクソ女の乗るソリなんざ死んでもひいてやらねぇぞ?」


あまりに饒舌な口ぶりに、鳥肌が立つ。少しして、思わず吹き出す。

ソラ「草。面白いね?ヒビキ」

ヒビキ「仕事しろ」

ソラ「言われずともするわ!」

厨房では、床を擦るシャカシャカ音と、水道から放出される水の音とが飛び交っていた。人がまちまちになったホールは静けさを保っていて、その中で、ヒカルが1人、厨房に視線を向けていた。


その時だった。


ダッダッダッ

ハナ「お待たせー!!!」

ソラ「ハナ?!」

ヒカル「あ!」

ヒビキ「...?!」


《ツチツチバーガー2号店》


ハナは、息切れした様子で、あたかも店の戸を蹴破るかのような勢いで、店にやってきた。両手には何やら重そうな鍋のようなものを持っている。

ソラ「ハナ?!てか、それ、、何?」

ヒカル「ハナちゃん?」

ヒカルも席を立って、店の入口にやってきた。

ハナ「あーヒカルさん!久しぶり!ソラ、ヒビキくん、いるよね?」

ソラ「うん、向こうに...」

すると、ハナは、ソラの話を最後まで聞かず、厨房の方へと、鍋のようなものを持ったまま駆けて言った。

柴田「ん?!ん?!」

ハナ「ヒビキくん!!!こっち一瞬きて!!!」

ハナはカウンターに鍋を置いて、身を乗り出して呼びかけた。ヒビキは、顔中のしわを中心に寄せて、重そうな足取りで、カウンターまで来た。

ヒビキ「なに?」

ハナ「開けてみて!」

ヒビキは、鍋のようなものを、激臭のするものを見るような視線で見つめた。しばらくして、ハナがその鍋の蓋を開けた。


ハナ「じゃじゃーん!!岡崎家特製ロールキャベツ!!これ、お母さんと一緒に作ってきたの!!ヒビキくんにだよ!!ヒビキくん、風邪ひいちゃったって聞いて、すごい心配で、暖かいもの食べたら、健康になるかなって。ほら、顔色も良くないから、野菜食べた方がいいと思って、、ヒビキくんこういうの嫌いかな?無理して食べなくてもいいんだけど、めちゃくちゃ美味しいと思うよ!だから...」

ヒビキ「うざい」


ハナ「...え?」

ヒビキ「うざいんだよ!」

ハナ「...ヒビキくん?」


《ツチツチバーガー2号店》


ヒビキ「うざい」

ハナ「...え?」

一瞬で喉元を劈くかのような冷気が辺りを覆う。

ヒビキ「うざいんだよ!」

ハナ「...ヒビキくん?」

ヒビキ「お前なんなんだよ。いつもさ。頼んでもねぇのに色々持ってきやがってよ!別に欲してねえんだよ!てか、俺の風邪とか、なんでお前に心配されなきゃなんねえの?まとわりついてくんなよ!邪魔なんだよ」

ハナの嬉々とした表情は、熱を失い、曇っていくのがわかる。

ヒビキ「だいたい、俺のなにがいいわけ?俺、お前と話したことねえよな?それなのに?は?好きとかさ、無責任にほざいてるんじゃねぇぞ?そもそも好かれるような人間じゃねえんだわ。お前もあれか?俺がそういうことで喜ぶとでも思って?反応を伺ってたんだろ?気持ち悪いんだよ普通に。あーマジうぜぇ。何も分かってない癖に、お前みたいな薄っぺらいクソ女、俺の前から消えてくれよ!」


パシィン!!

甲高い音が、閑散としたフロアに響いた。


柴田「キャア!」

ヒビキ「...?なんだよ!」

私は、頭が真っ白の状態で、息を荒らげてヒビキの前に立っていた。私の右の手のひらと、ヒビキの頬は少し赤くなった。


ソラ「あんたこそさ、ハナの何が分かるの?どういう気持ちであんたに構ってるか、あんたの思ってるクソ女とやらと一緒にすんなよ!確かにさ、やり方は下手っぴかもしれないけどさ、あんたのためにって一心でこうやって何度も何度も足を運んでるんだろうが!」


中越しに、ハナのすすり声が聞こえる。

ソラ「あんたがどういう奴かなんてなんて知ったこっちゃない!でも、ここまで傷つけるような物言いが出来るなんて、あんたクズよ!」


ハナ「もういいよ、ソラ、、」

ソラ「ハナ?」


ハナ「ぐすん、、はぁ、、私はさ、ヒビキくんのことそんなに知らないけどさ、喜んでくれたらいいじゃんって思うのはダメかな?迷惑だったなら謝るよ!もう二度としないし、二度と会わない。でもさ、好きだなって思ったのは嘘じゃないんだよ!今もこうやって、めっちゃショックで泣いちゃうし、体も熱いし、震えちゃうし、それくらいヒビキくんの事が好きだよ?信じてよ!」

ヒビキ「...」

ハナ「ごめんね。私、バカで。ちゃんと自分で考えれば分かるよね。迷惑だよね。うん。...さよなら」


ハナは、腫らした目を手で擦り、拙い笑顔を作った。そして、鍋を置いたまま、店の外へ走り去って行った。ハナは溢れんばかりの涙を流しながら、夜の渋谷の隅へ消えていった。

ソラ「ハナ!」

 

ハナは泣きながら、渋谷の夜を走った。

 

ーーーーー


ヒビキは呆然とその場に立ち尽くしていた。ヒカルは、ソラを見つめ、動揺を隠しきれずにいた。

柴田「あの子、大丈夫かしら」

ヒビキは厨房の奥へと戻っていった。

ヒカル「店の片付けは俺が手伝うからさ、ソラはハナちゃんの所にいてあげた方がいいと思う」

柴田「そうよ!あの子のとこ言ってあげな。こっちはなんとかするから」

ソラ「すみません...!」


私はハナを追って、冷たい夜の中に飛び込んだ。


制服のまま外へ出た私は、周りの人々との温度差を感じながら、ハナを探した。少し走ると、体が高揚しているのか、温かさすら感じた。

ハナは、店からそこまで離れていない公園のベンチで蹲っていた。


ソラ「ハナ...」

ハナ「ごめんね」

ソラ「寒いからさ、店に戻ろう」

ハナの手を掴んで引っ張りあげようとしたが、ハナは戻ろうとはしなかった。

ハナ「もう戻れないよ、、」

ソラ「...昔のようには?」

ハナ「白日!(全力粗品)」

ソラ「草」

ハナ「はーあー、、いけると思ったんだけどなぁ」

ソラ「何がいいの?あいつの」

ハナ「分からない笑。ただの一目惚れかも。でも、なんかこう、優しくしたいなぁみたいな?まぁその、振り向いて貰えたらなぁみたいな下心もあったと思うけど、ほら!う運命?!運命的なものを、、勝手に、、感じちゃって、、」


ハナは再び泣き出した。ハナに、制服のポッケに入っていたピンクのハンカチを手渡すと、目元を拭って立ち上がった。

ハナ「でも、なかったことにはしない!乗り越える。いつかもっと好きになれる人を見つける!以上!」

ソラ「...ハナは強いね」

ハナ「...よし!切りかえ切りかえ!ごめんね!私は帰るけど、ソラはまだ仕事あるんだよね!ありがとね!」

ソラ「大丈夫?」

ハナ「うん!」

ソラ「...分かった。じゃあ戻るね」

ハナ「うん!また学校でね!」


私は、ハナを置いて店へ戻った。ハナの大丈夫には、少しの強がりが効いていた気がしたが、今はハナを信じることにした。お店やヒカルにもこれ以上迷惑をかけられない。

 

ーーーーー


《ツチツチバーガー2号店》

柴田「なんか、いろいろ大変ですねぇ〜」

ヒビキ「...」

すると、ヒカルがヒビキに話しかける。

ヒカル「ヒビキくんだよね?」

ヒビキ「...」

ヒカル「ソラの言っていたことは正しいよ」

ヒビキ「...説教ですか?」

ヒカル「いいや。そんなつもりは無いよ。ただ、ソラが君を叩いたことを謝ろうと思って」

ヒビキ「は?」

ヒカル「ソラは、ああやって、正義感の強い子なんだ。だから許してやってくれ」

ヒビキ「...」


柴田「ちょっといいですか〜?ヒビキくんさ、悪いんだけど、カウンター片付けてくれる?」

ヒビキ「はい」

ヒビキは、カウンターに置いたままの、冷めたロールキャベツを見つめていた。

 

ーーーーー


ソラ「すみません!戻りました!」

ヒカル「ハナちゃんどうだった?」

ヒビキ「...」

ソラ「うん、、とりあえず大丈夫かな」

ヒカル「そっか。俺に出来ることあったらなんでも言って!ソラの彼氏として、力になりたいから」

ソラ「うん、ありがとう」

柴田「ひゅぅ〜」

ヒビキ「...」


ヒカル「じゃあ、僕は帰ります。とても美味しかったです。ありがとうございました」

ソラ「ありがとう。またね」

ヒカル「あっソラ、これ、お疲れ様」

ソラ「え、なにこれ」

ヒカルは、大きな紙袋の中から、赤いマフラーを取り出して、ソラに手渡した。


ヒカル「祝!アルバイト決定と、お勤めご苦労さまのマフラー。ラスイチだったから、買ってきちゃった」

ソラ「すごい。ありがとう!」

ヒカル「最近寒いから、これ使って、風邪ひかないように」

ソラ「うん。大事にする」

柴田「さっすが〜出来たオトコ」

ヒカル「では、また!」

ヒカルは、そう言って、店を出ていった。


ヒカルは店を出てから、少しして、振り返って、外から見える、店の中で呆然と立ち尽くすヒビキの姿を見ていた。ヒカルの中に、ソラと仲良さげに厨房で話すヒビキの姿と、ヒビキに説教をするソラの姿が浮かんだ。唇を噛んで、汗ばんだ手で紙袋の紐を強く握った。

 

第7話に続く。

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