草も生やせない、恋をした。⑤「サイレン」
第5話 「サイレン」
《ツチツチバーガー2号店》
ソラ「?!?!?!?!え?は?」
ヒビキ「...?!」
ハナはヒビキに至近距離まで近づいて、血色の良いとは言い難い骨ばった手を握って、再び言った。
ハナ「好きです。あなたが好きです。名前を教えてください」
ソラ「ちょ、ちょっとまって、ハナ、ヒビキのこと、今日初めてあったんだよね?」
ハナ「ヒビキくんね!覚えた!ヒビキくん!私、ヒビキくんが好きです!」
ヒビキは眉を下ろして、目を細めた表情を崩さない。
ソラ「ハナ?!酔ってるの?」
ハナ「さめた!正気!」
ソラ「ほんと?ごめんねヒビキ...」
ヒビキ「...」
ソラ「ヒビキ困ってるし、、」
ハナ「あっ!!」
ハナは我に返ったように、ヒビキの手を離し、2歩分後ろに下がった。
ハナ「突然ごめんなさい、、今日は遅くなったし、、また来るね!バイバイ!」
ソラ「え、帰るの?外天気ヤバいよ?」
ハナ「傘あるから大丈夫ー!また学校でねー!」
ハナは嵐のように去っていった。ヒビキは一瞬止まっていたが、顔を俯かせて、帰りの支度をし始めた。トイレに行っていた田中が戻っていた時には、あっけに取られた私がぽつんと佇んでいるだけだった。
ーーーーー
《大学/学食》
1週間後
ハナ「ヒビキくん、会いたいなー」
ソラ「あの時はマジでビビったわ。でも、店に行けばいるんじゃない?」
ハナ「それが昨日も一昨日もその前も行ったのに、居なくてさー」
ハナは早口でまくし立てるように言った。
ソラ「アイドルに貢ぐヲタクかよ。わかった。シフト表見せたげる」
ハナ「やった!!ありがとう!!」
スマホの画像ファイルの中の、店のシフト表を見せる。ハナは吸い付くようにヒビキの文字を探した。
ハナ「てか、、ヒビキくんって、苗字何?」
ソラ「涼野ね」
ハナ「あった涼野!!今日いるじゃん!!」
ソラ「んね」
ハナ「ねぇねぇ行こうよ!!」
ソラ「私予定あるから、今日はパス」
(てか、休みの日までなんで店にいかなきゃならないんだ?)
ハナ「じゃあ一人で行ってきますよー」
ハナは一瞬ぶーたれるも、肩の弾み具合からして、高揚を隠しきれていなかった。
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《渋谷/ツチツチバーガー2号店》
少し肌寒さを感じる。空は灰色一色から、茜色に変わろうとしている具合だった。
ダッダッダッ
ハナ「こんにちはー!」
田中「おぉー!!また来た!!」
ハナ「来ちゃいましたよー!!」
ユメ「あ、ハナさん」
ハナ「ユメちゃん??」
ハナがカウンターを見ると、ユメが紺色のロングコートを椅子の背もたれにかけて座っていた。
ユメ「お久しぶりです笑」
ハナ「久しぶりーーって相変わらず可愛いなぁ」
ユメ「ふふっ笑 今日はご飯ですか?ソラさんはいないようですが、、」
ハナ「へへ笑」
ハナは鼻息を荒くして厨房の奥を覗いた。
田中「そんなにフガフガしてもなー!!今日はお目当ての男はいないぞー乙女たち」
ハナ「え!ヒビキくん来てないの??」
田中「ヒビキは病欠。大したことは無いらしいが、少し風邪気味だそうだ。それと、」
ハナ「え!!ヒビキくん大丈夫かな??」
ユメ「ハナさんの彼氏さんですか?」
ハナ「ううん!!ちがうちがう!!なんていうか、、その、、///」
ユメ「なるほど笑」
ユメは置かれたコップを両手でもって、水を少し口に含んだ。
ハナ「ユメちゃんも、誰か待ってるの?」
ユメ「私は誰も待ってないです」
ハナ「?」
ユメはぽつんと答えた。田中は目を明後日の方向に逸らした。
ユメ「ヒビキさんって方はどんな人なの?」
ハナ「うーん。それが私も分からないんだよね!」
ユメ「え?」
ハナ「うん。そうなるよね。私のただの一目惚れなの!今のところね、7回くらい店に来て、ジュースを渡したりしてるんだけど、なんか好きじゃないのかな?受け取ってくれなくて」
ユメ「そうなんですね」
ハナ「でも、なんか、またあげたくなっちゃうんだよね、、今日はレモンティー持ってきたんだぁ」
ユメ「かわいいですよ?ハナさん」
ハナ「えーそうかなー?」
ハナは顔をニヤつかせながら、頬に手を当てて答えた。
ハナの赤らんだ顔に、ユメは少し物憂げな視線を向けて言った。
ユメ「その思い、伝わるといいですね」
《ツチツチバーガー2号店》
ユメ「その思い、伝わるといいですね」
ハナ「どうすれば伝わるかな、、?」
ユメ「想いを伝えるには、今思ってることを、そのまま言っちゃえばいいんです。今自分の頭が何を考えていて、体がどうなってて、こういう気持ちだ、みたいな」
ハナ「なんか、全部透けちゃうみたいで恥ずかしいね」
そう言って、ハナは、テーブルの下で細かく動く自分の太腿に視線を落とした。
ユメ「言わないと、何も伝わらないから...」
ハナ「...うん、、そうだね」
すると、ハナのか細い手に、ユメは両手を重ねて、驚くハナの目を真っ直ぐ見て言った。
ユメ「ハナさん。後悔しないように。ですね」
ハナ「う、うん。ありがとう!」
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《池袋駅》
ソラ「お待たせ。待った?」
ヒカル「ちょっと早く着いたから、買い物して待ってた」
私は、ヒカルと会う約束があったため、池袋に来ていた。ヒカルの務める会社が池袋に近いため、私はよくヒカルと池袋で会っていた。
ヒカル「人が多いね」
ソラ「そうだね」
ヒカル「今日は何食べたいか聞いてなかったし、平日だからどこでも入れると思うけど、何が食べたい?」
ソラ「特になんでもいいかな」
ヒカル「...そっか。とりあえずサンシャインの方行ってみよっか」
二人で歩く歩行者天国は、これで何回目だろう。街ゆく人々は、みんな散り散りの方向に歩いていく。着飾った恋人たちや、仕事終わりのビジネスマン、学校帰りの学生。ここでは色々な人の、それぞれの生活を垣間見ることが出来る。
私は、ヒカルと歩くと、周りの目を気にせずにはいられなかったが、ヒカルと人混みの中にいる事は嫌いではなかった。それは、ひょっとしたら周りの人間達への優越感を覚えていたからかもしれない。
何も言うことなく、いつも通り私の右手にヒカルの左手が重なる。
ヒカル「今日は学校どうだった?」
ソラ「普通だよ?」
ヒカル「そっか。普通が一番。だね」
ソラ「なにそれ笑」
《池袋/サンシャインシティ》
私達は、サンシャインシティの中の、適当な飲食店に入った。
ヒカル「アルバイトは?最近どう?」
ソラ「うん。もう慣れてきた」
ヒカル「そっか。楽しい?」
ソラ「楽しいよ。いい人ばっかりだし」
ヒカル「どんな人がいるの?」
ソラ「店長は大雑把で声がでかいけど、面倒見が良くて、社員の人もちょっと変わってるけど、仕事できて、同期は、、」
ヒカル「...?」
ソラ「ちょっと怒らせちゃって」
ヒカル「あ、前に言ってたね」
ソラ「そう、なんか悪い言い方しちゃったのかな?フォローしたつもりが、逆に怒らせちゃって、、」
その後、少しヒビキとの事を話した。
ヒカル「その後もまだ引きずってるの?」
ソラ「何回か被ってるから、話かけようとするんだけど、なんかつまらなそうだし、折角のアルバイトなのに、なんかもったいないなーって」
ヒカル「ふぅーん」
ヒカルは少し目の焦点を下方向にずらした。
ソラ「ヒカルならどうする?」
ヒカル「...ソラ、ソラは優しいね」
ソラ「...ん?」
ヒカル「ソラはいつも優しくて、穏やかで、まるで波ひとつ立たない湖みたい」
ソラ「どゆこと笑」
ヒカル「ははっ。そのままの意味だよ。でも...俺はそうじゃない」
ヒカルは息を深く吸って、天井を見ながら呟いた。
ヒカル「俺も、ソラみたいに優しくなりたい」
私はその言葉を分解するのに時間がかかった。
ソラ「ヒカルも優しいよ?いつも」
ヒカルは笑った口をつくって、斜め上を見た。
ソラ「?」
ヒカル「俺もその店、今度行っていい?どんな仲間と働いてるのか、気になるし」
ソラ「う、うん!来てよ!おいしいんだよウチのハンバーガー!」
ヒカルは再び優しい微笑みを私に向け、店員にお冷のお代わりを頼んだ。満タンになったヒカルのコップは、また一瞬で空になった。
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《渋谷/ツチツチバーガー2号店》
日曜日。今日の天気予報は、晴れ。雲もまばらだが、冷え込みが激しかった。そんな一日も、もうすぐ夜を迎える。
ソラ「お疲れ様ですー!」
柴田「あ、ソラちゃんお疲れー!」
柴田は、いつになくテンションが高めだ。
柴田「今日、彼氏がくるんでしょ〜?」
ソラ「あ、そうですよ笑」
今日は、ヒカルが店にやってくる。ヒカルは、地元で用事を済ませてから、店に顔を出すと言っていた。
ヒビキ「うーっす」
柴田「あら!ヒビキ!げんき?」
ソラ「ヒビキ、体調よくなった?」
ヒビキ「...まぁ」
ヒビキの顔色が悪いのはいつもの事だが、今日は体の調子が悪いわけではなさそうだ。
ヒビキ「田中さんは?」
柴田「今日は1号店に行ってるらしいわよ?」
ヒビキ「あっはい」
そんなこんなで、夜の営業が始まった。店内BGMをかけて、お客様を待つ。何組か捌いて、営業終了まで1時間を切った。
柴田「遅いじゃないの?ダーリンは」
ソラ「ですね」
そんな話をしていた矢先、大きな紙袋を手にかけた男性が1人、店に入ってこようとしていた。
ソラ「あっ」
ヒカル「1名です」
ソラ「や、やぁ」
ヒカルが、えんじ色のジャケットに身を包んで、店に現れた。私は、ぎこちなく手のひらを向けて見せた。
柴田「まぁ!彼氏?!イケメンじゃない!」
ソラ「ど、どうも?」
ヒカルは、簡単に挨拶をして、大きな紙袋の中から、小さな箱のような包みを出した。
ヒカル「カステラです。皆さんで召し上がってください」
柴田「まぁ!いいの〜?ありがとうございます」
ソラ「あ、ありがとう」
その後、ヒカルは案内した席に着くと、メニューを見て、ドリンクを注文した。
柴田「ソラちゃんが持っていきなさいよ!」
柴田が、肘で私の腕をつつきながら言う。私は渋々、自分で作ったレモネードを、ヒカルの元へ運ぶ。
ソラ「レモネードでございます、、」
ヒカル「ありがとう。制服、似合ってるね」
ソラ「あ、ありがとう」
すると、ヒカルは、手をこまねくようにして、私に少し近づくよう求めた。私はそれに呼応して、耳元をヒカルに近付けた。
ヒカル「あの子が、怒らせちゃった子?」
ヒカルは、厨房の中でちょこまかと動くヒビキを指して言った。
ソラ「あ、そうだよ」
ヒカル「ふぅーん」
ヒカルは頬ずえをついて、ヒビキを見た。その視線は、私が向けられたことの無いような、冷めたような、何かを懐古するような、そんな瞳だった。
第6話に続く。