草も生やせない、恋をした。②「残響」

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第2話「残響」


《ツチツチバーガー2号店予定地》


お腹を空かせて午後6時。ツチツチバーガー2号店にやってきた。新しく始めるアルバイトの顔合わせである。

(緊張するなぁ...)


お店の中を覗く。


田中「あ!!ソラちゃん!!!」

ソラ「田中さん。こんにちは」

田中「おつかれ!!!こっち!!!」

広い店内は薄暗く、オシャレな風景画や電飾が飾られている。お店は密閉されておらず、外からも中が見える形になっている。


田中「ここら辺空いてるとこ座って!!!」

柴田「あ!あの時の?!」

奥から柴田が顔を出して話しかけてきた。

ソラ「鈴木です。よろしくお願いします」

柴田「やだぁ来てくれたのねぇ私嬉しいわ〜」

柴田は席を立ってこちらへやってきた。足取りから、少しお酒が入っている様子だった。

そこに、この間メニューを運んでくれた店員と思われる女性が現れた。

女性「姉さんこの方お知り合い?」

柴田「私が前に店に来たときに勧誘したのよ〜鈴木さん。で、この人は夏子ちゃん」

夏子「横沢夏子です!よろしくでーす!」

ソラ「(同姓同名...?)鈴木です。よろしくお願いします。」


空いた席にすわる。一つ一つが独立したソファのようになっている。浅く腰かけ、辺りを伺っていた。テーブルにはデパ地下で売っていそうなオシャレな惣菜と、高そうなお酒が並べられており、お酒は空いたボトルもあった。


人数は6人。田中、柴田、夏子、私、そして目の前に茶髪で目に前髪のかかった、目鼻立ちがハッキリした同年代くらいの青年、奥でパソコンを操作している高身長で眼鏡をかけた男性。


田中「はい!!!全員揃ったので!!!ここに集まってください!!!」

 

ーーーーー


どうやら私が最後だったらしい。今日集まる人数は6人しか居ないのか?

 

田中「本日はね、お集まりいただきまして、誠に──」

 

長めの挨拶に、柴田や夏子が合いの手を入れ、眼鏡の男性は微笑んでその様子を見ている。茶髪の青年はどこか居心地が悪そうであった。田中は酔っているのか呂律が回ってないようにも見える。

田中「という訳で、はい、グラスを持って!!!」

柴田が私の前に置いてあった空のグラスに、スパークリングワインを注ぎ出した。青年は、自ら注いだ瓶ビールのグラスを手に持ちながら、視線を他所へ向けた。私は柴田に注がれた赤い液体とにらめっこしながら、恐る恐る持ち上げた。

田中「はい!!!カンパーイ!!!!」

柴田と夏子がハイテンションで乾杯を回す。眼鏡の男性は優しい微笑みを浮かべながらグラスを当てる。目の前の青年は不貞腐れながら少しグラスを柴田らの前にやった。


ソラ「かんぱい...」

絞り出したような声で、青年に乾杯を求めた。青年は一瞬凝視し、また視線を他所へ向けながら、掠ったか分からないくらいの距離感でグラスを傾けた。


田中「らい(はい)!!!じゃあ!!!早速だけど自己紹介しましょうか!!!まずは僕から!!!」


田中が先陣を切って自己紹介をし出した。正味10分ほど続いた自分語りの後、柴田と夏子が続く。そして、眼鏡の男性に番が回った。男性は微笑みながらゆっくり立ち上がった。


田中「こやつはね、成田ちゃん!副店長ね!なりたちゃんはね!全っぜん喋らないの!!!でもいーやつだから許して!!はい終わり!!!じゃあ次!ヒビキな!!」


成田は会釈をしてゆっくり座った。ヒビキと名指しされていやいや立ち上がったのは、目の前の青年だった。

ヒビキ「涼野響です。よろしくお願いします」

田中「お前はもう少ししゃべろ!!!」

しゃべろとはなんだ?


ヒビキ「......21歳。田中さんに唆されて来ました」

田中「そそのかしてねーわwww」

ヒビキ「唆しましたよ?」

どうやら元々顔見知りだったようだ。


田中「こいつぁね、地元の友達の従兄弟でね、生意気なんだけど、まぁ悪いやつじゃあないよな?」

ヒビキ「いや、本人に聞かないで下さいよ」

田中「ま、そゆことなんで、よろしくー!!はい拍手!!!」

柴田「ぎゃあイケメン!!!アサちゃんもいいけどヒビキもいいわねぇ〜」

ヒビキは決まりが悪そうにドサッと座った。私は彼を凝視してしまっていたが、目が合ってすぐ逸らした。


ーーーーー

 

田中「じゃあ最後!!ソラちゃん!!」

柴田「ソラちゃん!!」

夏子「きゃー素敵!!」

少し遠慮した顔を作り、肩をすぼめて立ち上がった。

ソラ「鈴木空です。大学3年生です。一生懸命楽しんで働きたいと思います。よろしくお願いします!」

田中「いぇい!!よろしくぅ!!!」

一同が拍手で迎え入れてくれた。ヒビキという名の青年以外は。

田中「この6名プラスもう1人...小生意気な男の新人社員と、後は1号店からのヘルプでこのお店は回していきたいと思いますので!!皆さんよろしくぅ!!!」

自己紹介タイムが終わり、各々テーブルのつまみをつつきながら、酒を流し込んだ。


お酒もまわり、店内のBGMも少し大きくなったような気がした。田中や柴田が、どんちゃん騒ぎする様を、酒に酔って上がった口角の顔で見ていた。


ヒビキ「あの、もう帰っていいですか?」

ぶっきらぼうなトーンで、彼は立ち上がって言った。

田中「あと30分くらいいろよぉー!!俺と話そうぜ?」

田中がヒビキに肩を組もうとしたが、ヒビキはそれを制止し、重力をもろにつかってストンとソファーに落ちた。


私は思った。彼がつまらなそうなのは、私が話しかけないからではないかと。同じ年代で目の前にいるのに、まだ乾杯の一言以外交していない。そうだ、何か話さなければ。

ソラ「ヒビキくん?だったよね」

ヒビキ「あ?」

ソラ「ヒビキくんって呼んでもいいかな」

ヒビキ「なんでもどうぞ」

ソラ「ヒビキくんはさ、なんのお酒が好き?ビール?梅酒?」

ヒビキ「ビール」

ソラ「私も最近ビール飲めるようになったの!美味しいよね!なんか大人の味って言うかさ」

ヒビキ「...」

ソラ「お店もうすぐオープンだけど、結構シフト入る予定?私も結構入ると思うから、入る時はよろしくね?」

ヒビキは視線をこちらへ向けず、手元のドリンクをすすり飲んだ。

ソラ「ヒビキくんは学校とか忙しいの?」

その瞬間、ヒビキは少し眉間に力を入れた。

ソラ「21だよね?私達タメだよね?大学3年?一浪して2年とか?」

ヒビキ「...」

ソラ「それとも4年生ですか?だとしたらタメ口失礼でしたよね...すみません...?」

ヒビキ「....行ってない」


ヒビキ「....行ってない」

ソラ「...?」

ヒビキ「大学には行ってない」

ソラ「あ、そうなんだ」

ヒビキ「...」

ソラ「なんで?」

ヒビキ「...はぁ」

ソラ「?」


ヒビキはうんざりしたように、大きくため息をついた。そして、突然立ち上がって言った。


ヒビキ「そうだよな。大学なんて皆行くもんだよな。すごいすごい。真っ当に生きてて尊敬しますわ。はいはい。どーせ馬鹿でろくでなしとか思ってるんだろ?俺の事。アンタ、大学でもさぞエンジョイしてるクチだろ?楽しそうでなにより。普通の人生送れて良かったな!」


ガラス瓶で後頭部を殴られたような気分になった。途端に言葉を失った。

というか、この人、ここまでスラスラと言葉が出てくるものなんだなと思った。私はムッとしたというより、唖然としてしまった。周りの大人たちも、目を丸くしていた。私はなんとか、この場を抑えようとした。


ソラ「...まぁ、いいんじゃない?大学行かなくても、別に」

それしか出てこなかった。

するとヒビキは聞こえるか聞こえないかくらいの音で舌打ちをして、カバンを持って立ち上がった。

ヒビキ「帰ります。お疲れ様でした」

田中や柴田の返事も聞かず、足早に去っていった。私は疲れた。ここ最近で1番大きなため息が出た。

 

ーーーーー

 

顔合わせを終え、家に帰る。乾かしたばかりであろう髪の毛を指でカールさせる妹の蘭の姿が飛び込んできた。

蘭「あ、おねえちゃんおかえり」

ソラ「ただいま〜」

蘭「どしたの。飲みすぎた?眠い?疲れた?」

ソラ「ぜんぶ〜」

自分の部屋に直行し、ベッドにうつ伏せになった。後頭部から背中にかけて視線を感じる。

蘭「どしたの〜なんかあった〜?」

ソラ「いろいろ〜」

蘭「言ってみなよ」

ソラ「ん〜また今度〜」

蘭「はいはい。ヒカルくんにも聞いてもらいな〜おやすみ〜」

バタン!

ソラ「...」


こういう時、私はヒカルに電話をかけてしまうことがある。彼はいつも少し高い音域の声を作って電話に出てくれるのだが、一方で自分のずるさに少し嫌気がさすこともある。


ポポポンポンポンポンポン ポッ ポッポポポッポポンポンポン

ヒカル「んー。どした〜」

ソラ「ヒカルくーん、、」


ーーーーー


私は顔合わせでの出来事を話した。

ヒカル「なるほどね〜。まぁ次会った時、その話になったら謝って、肯定してあげればいいんじゃないかな?この時代どう生きようが別に自由だしね」

ソラ「まぁ、、そうだね」

ヒカル「それか、何も無かったかのように普通に話せばいいんじゃない?もう忘れてるかもしれないしさ!とにかくそんなに気にしなくてもいいんじゃない?ソラは別に悪いことしてないしさ!」

ソラ「そうかな、、ありがとう」

ヒカル「うん!明日早いから、そろそろ寝たいかも」

ソラ「あっ!!ごめん!遅くまでありがとう!おやすみなさい」

ヒカル「すまないね。でも、少しでも声が聞けて良かったよ。本当に」

ソラ「それはよかった。おやすみ!」

ヒカル「うん!おやすみ」


ヒカルと話すと心が落ち着く。なんというか心に刺さった棘を一つ一つ抜いてくれる様な心地がする。彼からは見返りや魂胆などを微塵も感じない優しさを貰ってばかりだった。


私はいつも彼の優しさに甘えてばかりだ。


後日、田中から、アルバイトのシフトが送られてきた。ヒビキと被っていたのは1か月の中で2日のみだった。

オープンから2日経った日の夜が私の初めてのシフトになった。スマートフォンを握る手が少し汗ばんだ。

私も働くのか。少し実感が湧いた。


ーーーーー


そして、いよいよ、勤務日当日になった。渋谷の空は綺麗な夕焼けである。

人通りがまばらな通りを選び、店へ向かう。そして緊張した面持ちで、休憩中の店に入る。


店のインテリアが、あの日のことを思い出させる。あの日ヒビキという青年に言われた言葉と舌打ちが、脳裏にずっと焼き付いていたのだった。


私はそれをかき消すように大きな声を出した。

ソラ「おはようございます!」

田中「あ!!おはよー!!!」

ソラ「お疲れ様です。向こうで着替えればいいですか?」

田中「うん!着替えたらここにまた来てー!!」

控え室の中に、カーテンで仕切られる小さな空間がある。そこでそそくさと制服に着替えて、鏡の中の強ばった顔の自分を無理やり弛緩させる。そして田中の元へ向かう。


田中「おおーー!!似合ってるねぇ制服!!」

ソラ「あ、ありがとうございます、、」

田中「うーん!!じゃあタイムカードあっちで切ったら、裏にいるやつに声掛けて!!」

ソラ「は、はい」

田中「アサーー!!新人の子来たから色々教えてあげてー!!」

田中は厨房の奥に向かって耳が割れそうな声で呼びかけた。返事は聞こえてこなかった。

タイムカードに名前を書き、厨房に入ると、そこには1人の男性が何か作業をしている。


背中を向けて作業をしている男性に、遠慮がちに挨拶をする。

ソラ「こ、こんにちは!」

今は働く時だ。集中。私。

 

 

第3話に続く。

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