草も生やせない、恋をした。⑦「芽吹き」

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第7話 「芽吹き」 

 

《渋谷》

 

──恋破れた。


私はいつもこうだ。


少し好きだなって思うと、突っ走ってしまう。


ヒビキくんだって、初めて会った私みたいな人に、好きですなんていきなり言われたら、困るよね。でも、本当に好きだったんだもん。


それは嘘じゃない。


ヒビキくんを初めて見た時から、私は、ヒビキくんに優しくするために生まれてきたんだなって思った。


ちょっと怖いかな笑。


自分でも驚いた。それでも、何とかして伝えたかった。断り続けられて、もう無理かもって思ったりもしたけど、


だとしても、だとしても、届けばいいなって思ってた。結局全部裏目に出ちゃって、


ヒビキくんにうざいって言われた。


悲しいけど、私がそう言われるようなことをしたんだ。全部私のエゴだ。


ごめんね、ヒビキくん。


ごめんねソラ。

私、次はちゃんとする。ヒビキくんはダメだったけど、相手を思いやって、ちゃんと上手く気持ちを伝えられる人になりたい。そう思った。


立ち直れるかな、、?不安だけど、泣いてばかりの私なんて、私じゃない!前を向け!岡崎花!


冬の夜空に、一輪の花が散った。

 

ーーーー!


《ツチツチバーガー2号店》


柴田「終わったらあがっていいですよ!」

ソラ「はい」

ヒビキ「...」

後片付けを全て終え、私はタイムカードを切った。客もおらず、全て綺麗にしたはずのフロアだが、見えない靄のようなものが散らかったままのような錯覚を覚えた。

着替えを済ませ、店を出ようとする。いつもなら着替えてそそくさと店を出るヒビキだが、この日は控え室でスマホを長々といじっていた。柴田は、レジを締めて控え室にやってきた。

柴田「あら、まだいたの?」

ヒビキ「...すみません。もう出ます」

ソラ「私も帰ります!」

柴田「忘れ物はしないでよ〜」

柴田も明るく振舞っていたが、今日ばかりは居心地が悪そうだった。無理もない。あんなことがあった後だ。そして、私が荷物を全て持って帰ろうとしたその時だった。

 

ヒビキ「ちょ、待てよ...」

ソラ「...?」

ヒビキ「ちょっと、待てよ」

ソラ「は?待ってるけど何?」

そう言うと、ヒビキはスマホをポケットにしまい、チョコレート色のジャンバーを羽織って、近づいてきた。

ヒビキ「少しだけ、話をさせろ。誤解を解きたい」

 

ーーーーー


そう言って、先に店を出た。つられて私も店を出た。ヒビキの三歩後ろを歩きながら、気づけば店裏の車のパーキングまで来た。


ヒビキは、自動販売機でお茶を買った。私は黄色いパイプのような柵に腰かけた。


ヒビキ「...さっきのは、なんだ?」

ソラ「...叩いたことは謝るよ、、ごめん。でもさ」

ヒビキ「あのさ、その、言いすぎた」


驚いた。叩いたことをネチネチとイチャモン付けられるものだとだけ思っていたため、口論になる覚悟をしていたのに、とんだ拍子抜けだった。少し力が抜けた口調で答える。


ソラ「あ、あぁ、そう」

ヒビキ「さっきはなんで叩いた?」

ソラ「あの時はごめん。痛かったよね」

ヒビキ「...」

ソラ「私も、ヒビキのこととかなんにも知らないのに、なんか説教たれて、ごめん。確かにヒビキの言い方は酷かったから、あれだけど」

ヒビキ「...」


ソラ「私、その、ヒビキのこと全然知らないし...ちゃんと知りたいって思った。それはその、一緒に働く仲間として。友達として。そしたら、ハナにも少しは分かってもらえるかなって」


ヒビキは焦点を一点に合わせて黙り込んでいた。手に持ったお茶のキャップを捻って、口に少量含むと、首の角度を変えずに飲み込んで、ゆっくりと話し始めた。


ヒビキ「人に殴られたり、怒鳴られたり、そんなの初めてだった」


ーーーーー


ヒビキ「俺には母がいない。母は小さい頃に病気で死んだ。父親は医者で、生真面目な人間で、とにかく仕事で忙しかった。」

ヒビキは目線を落として、一切合わせないまま話し続けた。

ヒビキ「6つ離れた兄がいる。兄は2年前、父と同じ医者になった。兄は厳しい教育を受けていた。兄もそれを望んで、父に追いつこうと必死だった。父は兄を医者にするために、兄に自分の全知識を叩き込んだ。兄は父の期待を一身に背負って、その期待を実現させた。それを傍から見てただけなのが俺だよ」

ヒビキはもう一口お茶を飲んだ。


ヒビキ「俺は昔から、お前の好きに生きていいって言われてた。兄と違ってな。でも俺はやりたいことなんかなかったけどな。ずっと。でもやりたくないことは沢山あった。勉強も部活も、やっても無駄だと思った。だから何もしなかった。それでも父は俺に何も言わなかった。好きに生きろとだけ言われる。俺は兄と違って、勉強をサボったって怒られたりはしなかった」

ソラ「...」


ヒビキ「好きに生きていいと言われた以上、俺は好きに生きてやろうと決めた。大学なんていきたくもなかったし、就職なんてしたくなかった。俺は大学に行けなかったんじゃねぇ。行かなかった。就職出来なかったんじゃねぇ。しなかった。

俺はやりたくない事はしない。好きに生きてやる...!大学も仕事も今の俺には必要ねぇ。これが俺だ。でも...」

ソラ「でも?」

ヒビキ「結局最後まで、父は何も言わなかった。父だけじゃねえ、学校のセンコウも、何も言わなかった。なんでか分かるか?俺は誰にも期待されてない。その程度の人間、ってことだよ。お前もそう思うだろ?今考えたら、正味どうでもいいって父にも思われてたんだろうな。父や兄と違って、世間様の役に立てるような人間じゃないんだよ...」


冬空の下で、白い息が寂しげに空へ消えていく。


ソラ「...うん。そうなんだ、、」

ヒビキ「俺は自分に価値が無いことを悟った。だから極力人と関わらずに、ひっそりと自分のためだけに生きていくと決めた」

ソラ「...」

ヒビキ「なのに、俺を勝手に評価しやがる奴もいる。あいつみたいにだ。何も分かってない。俺のどこに価値がある?評価出来るような所がどこにある?何も知らないくせに勝手に買いかぶりやがって。そういう連中が嫌いなんだよ」

少し熱を帯びたヒビキの語気が、少しだけ弱まり、ヒビキは続けた。


ヒビキ「だからあいつにそういう態度をとっちまった、、それは悪かった。好きって言われても、わからなかった。好かれるような人間じゃないから」

ソラ「...そうなのかな」

ヒビキ「ハハッ。親だけが俺の価値のなさを見抜いていたなんて、皮肉だな」

ソラ「本当にそうなのかな?」

ヒビキ「...?」

ソラ「本当にお父さんは、ヒビキに何も期待してなかったのかな?」

ヒビキ「そうだろ」

ソラ「私はそうは思わない。確かに、ヒビキのことをどうでもいいって思って見放す冷たい人間も世の中沢山いるよ。でも、お父さんは何をしても好きに生きていいって言ってくれたんだよね?それって凄いことじゃない?お兄さんは医者になりたかったんだよね?だからお父さんはお兄さんには厳しく医者の道を歩かせたんじゃないかな?もしヒビキにやりたいこととか、目標があったら、全力で応援してくれたんじゃないかな?違う?」


ヒビキは少し黙って、お茶も飲まずに静止した。


ソラ「とりあえずハナには直接謝った方がいいよ。だめだったら私も一緒に謝る」

ヒビキ「...」


ソラ「でも私も、ちゃんと謝ってなかったね。ビンタの事じゃなくて、その前のこと。舌打ちされたこと。ごめん。私正直、私の今の人生みたいに、レールに乗っかって大人になることが、普通で当たり前だと思ってた。だからあの時、適当に答えちゃった。ヒビキの言う期待してくれない人みたいに」

ヒビキ「...」

ソラ「でも違う、、私は選べなかっただけ。周りと比べて、はみ出さないように、恥をかかないように、楽で平凡な道をなぞってきたの。そこに私の意思なんてほとんどなかった。ヒビキの話を聞いて思った。ヒビキは凄いよ。自分で道を決めた。切り開いた。...かっこいいと思った。」

ヒビキ「...!!」

ソラ「ごめん」

ヒビキ「...もういい」

ソラ「ヒビキは人の役に立たない人間なんかじゃない。価値のない人間なんかじゃない。好きなように生きれる、強い意志を持ってる。だから、どんな風にもなれるとおもうけどな」

ヒビキ「...」


ソラ「私も、ヒビキみたいに生きたいな」

ヒビキ「...?」

ソラ「ま、そーゆーこと。遅くなったし、もう帰ろっか」

ヒビキ「...」


ヒビキは黙りこくったまま、その場から動こうとしなかった。私は、終電が近いことを伝え、その場を去った。

あの後、ヒビキの頭に残ったものは何だっただろうか?何を思って、あの場に佇んで居たのだろう。あの沈黙に、何を思い浮かべていたのだろう。

 

ーーーーー

 

後日。

 

《ツチツチバーガー2号店》


11時オープンに合わせて、私は店に入る。ランチタイムのシフトは久しぶりだった。ヒビキとは、あの日以来2週間程顔を合わせなかった。今日がその2週間後である。2人は控え室で少し気まづそうに挨拶をし、それぞれの持ち場に着いた。

夏子「今日は女性が多いですね!頑張りましょう!」

ソラ「はい!」

今日のシフトは、ヒビキ以外全員女性で、1号店のヘルプの人が多くを占めていた。私はホールを任せられ、少し不慣れなランチメニューを捌きながら、ヘルプの人のカバーもしていた。そのために、仕事の量がいつもより多く感じた。

夏子「私も極力ヘルプに入るので、無理しないでくださいね!」

ソラ「ありがとうございます」


少し疲れを感じつつも、時計の針は昼休憩まで30分をきった。私は大柄な男性2人の客のテーブルへ、コーヒーを運んでいた。その頃には疲労もかなり溜まっていて、足元が少し不安定だった。

コーヒーを注文されたテーブルまで歩いていく。そして、テーブルの近くまできて、コーヒーを置くため、声をかけようとした時だった。手前に座っている男性が、足の爪先を通路に出していることに気が付かず、私は足をひっかけてしまった。そしてそのまま、コーヒーごと、地面に倒れ込んでしまった。


ガッシャーン!

ソラ「し、失礼しました!」

夏子「どうしましたか?」

ソラ「あ、あの、」

ソラが起き上がろうとすると、もう1人の男性客のズボンの裾に、コーヒーが飛び散ってしまったことに気がついた。

男性客A「うわっ、ズボンにかかっちゃったよ、、」

男性客B「お前、大丈夫か?おい姉ちゃん、やっちまったなぁ」

男性客らは、態度が横柄で、強面の2人組だった。

男性客A「これどうしてくれるんだよおい?このズボン高いんだぞ〜?」

私は頭が真っ白になってしまった。

夏子「すみません!只今クリーニング代を持ってきますので」

夏子はそう言って、レジへ向かった。私はとにかく床を拭くことに専念した。

ソラ「大変申し訳ございません」

男性客A「あ゛?謝れば済むって問題でもねぇだろ」

すると男性客のうち1人が、私の腕を強く掴んだ。

男性客B「このズボン、お宅らに弁償出来るのかよ」

ソラ「(痛いっ...!)」

男性客A「姉ちゃん。50万。払えるのかって聞いてんだよォ!!」

 

もう今にも泣き出しそうな時だった。


ヒビキ「離してくれませんか?お客様」

 

 

第8話に続く。

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