草も生やせない、恋をした。⑨「夢は醒めずに朝を迎える」

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第9話「夢は醒めずに朝を迎える」


《渋谷/とある喫茶店


~回想~


──私の恋は、突然終わりを告げた。

 

「別れて欲しい」


アサくんは、そう告げると、黙り込んでいた私をいつもの優しい眼差しで見つめ、アイスのミルクティーを啜った。そして、しばらく経っても何も言わない私に見切りをつけたのか、お金を置いて、何かぽつんと呟いて、出ていってしまった。


突然、一番近くにいた人が、居なくなってしまった。


頭が真っ白になっていた私は、喫茶店をどうやって出たかは覚えていない。覚えているのは、土砂降りの中、タクシーを拾ったことだけ。


アサくんとは、よく、渋谷から私の家にタクシーで帰った。タクシーはいつも同じ道を通って私の家へ向かった。


展望台のあるビル、歩道橋のそばにある居酒屋、少し前に新しく出来たカラオケ。滲んで見える景色とは裏腹に、鮮明な思い出がはっきりと、頭の中を流れていく。


私は何も言えなかった。何も言えないまま、彼は行ってしまった。


何か言っても聞き入れてくれるかな?引き止めても面倒くさがられるだけかな?そんなことを思ってしまって、最後まで、正直な気持ちが、彼に伝わることは無かった。


彼は私にたくさんのものをくれた。笑いも涙も、全部彼がくれた。私は返したかった。アサくんにもらった分、恩返しをしたかったのだ。それも道半ばで、ぱたんと終わった。


私は未だに思い出す。アサくんの好きだった所。掛けてくれた言葉。私、重いかな?ごめんなさい。


今になって思い出した。アサくんが、居なくなる直前に言った言葉を。「ごめんね」。そう言った。


違う。謝るのは私の方だったよね?


だからせめて、私はアサくんに言われたように、自分の夢に専念しようと決めた。


アサくんの決断を無駄にしないために。

 

大きな後悔を胸に抱えたまま。

 

ーーーーー


《ツチツチバーガー2号店》


アサ「ま、俺の話は終わりってことで、ベルスカは?どうするの?」

ソラ「どうするって?」

アサ「彼氏と続けるのか、新しい男の所へ行くか」

ソラ「いや、新しい男?が自分のことどう思ってるかわからないですから」


アサ「ほらでた。自分のこと思ってるかどうかじゃなくてさ、自分がその人をどう思うかだろ?」

ソラ「...まぁ」

アサ「じゃあ仮に、その男が、ベルスカに告白してきたらどうする?」

ソラ「...」

アサ「ま、もうわかったろ。大事なのは、自分の意思だ。どうするにも、自分で決めな」

ソラ「...」

アサ「後悔をしないように」

ソラ「...それはアサさんもですよ?」

アサ「は?」

ソラ「アサさんも、後悔があるなら、今からでも遅くありませんよ?」

アサ「...わろ」

 

ーーーーー

 

数日後──


《ツチツチバーガー2号店》

 

今日は、客の入が多く、バタバタした1日だった。

 

田中「今日はおつかれー!!!やばかったね!!!」

ソラ「売上も良かったですね」

田中「いやほんと、ありがとうみんな!!!」

ソラ「田中さんもお疲れ様でした」

田中「ヒビキもな!成田ちゃんも!」

ヒビキ「うっす」

成田「...」

成田は何も言わずにいつもの微笑みを崩さなかった。

田中「よし!今日は俺の奢りだ!!!店の酒で1杯やるか!!!」

ソラ「お、いいですね!」

田中「ソラちゃんいいね!!!成田ちゃんは?」

成田は、手のひらをこちらに向けて、首を小刻みに横に振った。

田中「そっか、、成田ちゃん明日もだしね!!お疲れ!!また飲もうぜ!!」

成田は頷いて、のっそりと帰っていった。


田中「ヒビキは飲まねぇか...?」

ソラ「?」

ヒビキ「...少しなら」

田中「お!!!お前も飲むか!!!」

ソラ「ガチ?」

ヒビキ「...嫌ならいいわ!帰ります」

ソラ「ちゃうちゃうちゃう!え!飲もうよ!」

ヒビキ「...」


田中は奥の小さい冷蔵庫から、緑色のガラス瓶のビールを3本出し、栓を開けた。ヒビキを挟んで、カウンターに横並びに座った。午後23時。スマホで時間を確認し、カバンの奥底にしまった。ひし形の装飾の入ったグラスを各々が持ち、互いに注ぎあった。


田中「じゃあカンパーイ!!!」

ソラ「カンパーイ!!!」

ヒビキ「...乾杯!」


私たちは、グラスを思いっきりぶつけた。思い返せば、初めてヒビキらとお酒を交わしたのも、ここだった。遠慮がちにグラスを掠めたあの時から比べれば、私たちの距離は格段に近づいていた。


私たちは身の上話から、互いの趣味の話、仕事の話など、様々な話をなぞっていった。田中は顔を真っ赤にして、家庭内のエピソードを延々と繰り返した。


田中「zzz...ふぅ....ママ.....コウキ....キ.....」

ソラ「ふふっ親バカだね」

ヒビキ「ははっウケる」

ヒビキは酔いつぶれた田中を背中を擦りながら、口角をゆるめた。

ソラ「ヒビキ、笑ってる顔いいね」

ヒビキ「え?」

ソラ「ほら、いままでずっと仏頂面だったじゃん?だから笑ってる顔もいいな、って。思っただけ」

ヒビキ「いや、いつも笑ってたら不気味だろ」

ソラ「なるほどね。たまに見るからいいのね。ま、もう少し増やしてもいいと思うけど?」


ヒビキ「...じゃあお前が頑張れ」

ソラ「...!!」


ヒビキはそう言うと、目線を上下左右に泳がせながら、グラスのビールを空にした。

ソラ「...」

ヒビキ「...田中さん、起きないな」

田中は、カウンターに突っ伏して寝ていた。

ソラ「どうしよっか」

ヒビキ「...どうしよっか」

ソラ「...」

ヒビキ「...?」

ソラ「...ふふっ」

ヒビキ「...ははっ」

お互いに少し笑った。お酒のせいなのか、柔らかく、湯気だったような空気に包まれた。


ヒビキの目は澄んでいて、少しの湿度を帯びていた。すると、ヒビキの目がさらに大きく映った。全身が少し緊張し、ヒビキの整った目鼻がすぐそこに迫った。

ヒビキ「...」

ソラ「!!」


スッ


ヒビキ「ここにゴミついてる」

ソラ「...!」


ヒビキはそう言うと、私の前髪に着いたホコリを指で取って、横を向きふっと吹いて飛ばした。ヒビキはもう一度私を見たが、私は鏡を見なくてもわかる程度に紅潮していた。鼓動はどんどん加速していくのがわかる。


壁に張り付いた時計は0時を回ったところだった。

そのまま私も何も言えずに、ヒビキの目をずっと見ていた。ヒビキも言葉を発さず、とろんとした目でこちらを見ていた。


カウンターに置いてある手の甲がぴくりとする。お互いの小指がもじもじと動く。潤いを帯びたヒビキの目が、私に更に近づこうとしていた。


ソラ「........」

ヒビキ「........」


その時だった。


ガチャ


ヒビキ「?」

ソラ「?!」


そこには、灰色のロングコートに身を包んだ、見慣れた男性の姿があった。


ヒカル「...ソラ。電話、したんだけどな、、」


ソラ「ヒカル...?!」

ヒビキ「...」

ヒカル「ごめん...仕事中だったかな?」

ソラ「いや、もう終わって」

ヒカル「うんだよね。さっき電話したんだ。今日たまたま渋谷で職場の人と会食だったから、終わったら合流しようかなって思ってて。気づかなかった?」

ソラ「ごめん、、鞄にケータイ入れてて...」

ヒカル「そっか。ごめんね、なんか心配で来ちゃって、勝手にドア開けちゃった。空いてたから」

ソラ「ごめん心配かけて」

ヒカル「大丈夫。会えたし」

ソラ「...」


ヒカルは、いつもと同じにこやかな表情で、優しく言葉を置く。しかし目は笑っていなかった。


ヒカル「ソラ、もう終電ないよね?タクシーで送るから、帰ろう」

ソラ「でも、鍵が」

ヒカル「?」

田中「うぅ....」

ソラ「あっ、田中さん...すみません」


田中は魘されたように、カウンターにベッタリくっついたまま声を出した。

ヒビキ「田中さんすみません鍵しめたいんですけど」

ソラ「田中さん!」

そうするとヒカルは、ヒビキに近づいて言った。

ヒカル「ヒビキくん。君が何とかしてくれるかな」

ヒビキ「?」

ヒカル「申し訳ないね。ソラの彼氏として、あまり夜遅くまでこうされると心配なんだ。だから、ソラを"かえして"もらってもいいかな?」


ヒビキ「いや、返してって、別に取ってないですよ?」

ヒカル「"帰して"。帰らせて、って意味だよ?取られたなんて俺も全く思ってない」

ヒビキ「...」

ヒカル「...自惚れんなよ」

ヒビキ「...!」

ソラ「!」

ヒカル「ごめんね。ソラ、今日は帰ろっか。もう遅いしね。そうだ、良ければいつもみたいにウチ泊まっていく?ソラ、明日予定ないんだよね!確か」

ヒビキ「帰るのか?」

ソラ「...帰るね」

ヒビキ「おう」

田中「うぅーー」


ヒカルは、財布から2万円を出し、カウンターに置いた。

ヒカル「ごめんねヒビキくん。これで帰って。鍵だけお願いしてもいいかな」

ヒビキ「鍵はなんとかします。でもお金は受け取れません」

ヒカル「受け取ってくれ」

ヒビキ「...」

そう言って、ヒカルはカウンターにお金を置いたまま、私の左手に、彼の右手を絡め、店の外へ急いだ。

私は、一瞬ヒビキの方向へ目線を向けたが、ヒビキは何も言わずにこちらを見ているだけだった。


思い返すとまさに、悪夢のような光景だった

 

ーーーーー


《タクシーの中/ヒカルの家へ向かう途中》


運転手「どちらへ?」

ヒカル「横浜方面に向かってください」

運転「はいよぅ」

タクシーは深夜の国道246号線を南下していく。窓から見える月は、厚めの雲の中で息継ぎをしている。


かなり長い間、タクシーは走った。


ヒカル「...」

ソラ「...」

ヒカル「今日さ、取引先の人と、渋谷でご飯食べててさ、そしたらその人、大の映画好きでね」

ソラ「...」

ヒカル「ボクスイが凄いすきなんだって!」

ソラ「...そうなんだ」

ヒカル「だから、僕の彼女も好きなんですって話になってさ、そしたらどんな彼女さんなんですか?って聞かれてね」

ソラ「...」

ヒカル「優しくて、可愛くて、真っ直ぐで、すごく尽くしてくれる彼女ですって。言っちゃった笑」

ソラ「...」


ヒカル「僕の自慢の彼女です!って、そしたら上司にお前ニヤニヤして気持ち悪いぞって言われちゃった笑」

そう言うヒカルは、弾んだような口調だったが、どこか悲しげだった。私は何も言えなかった。


ヒカル「もうすぐクリスマスだけど、やりたいこと決まった?」

ソラ「...なんでもいいよ」

ヒカル「ソラのやりたいことやろうって、言ったよね?ほんと俺はなんでもいいよ?」

ソラ「...ごめん。次会う時までに決める」


ヒカル「まぁ、俺の家でゆっくり決めれば、、」

ソラ「ごめんヒカル。やっぱり今日自分の家帰る」

ヒカル「えっでも」

ソラ「今ここで降りたら歩いて帰れるし」


246上の、地下鉄の陸橋を過ぎた辺りで車は信号待ちをしていた。

ヒカル「でも寒いしさ、今日はウチ、誰も居ないし」

ソラ「ごめんヒカル。今日は家に帰りたい」

ヒカル「...そっか。わかった。おやすみ」

ソラ「ここで一人降ります...」


私が降りた後も、ヒカルは、最後まで表情を崩さず、優しい顔をしていた。心中穏やかでないことはわかってる。


あぁ、私はいつまでその優しさに甘え続けるのだろうか。


ーーーーー


《ソラの自宅》


朝は憂鬱な目覚めだった。朝食を済ませ、夜の予定まで昼寝をする。何度寝ても、目覚めた時には昨夜の事が頭を離れなかった。


蘭「お姉ちゃん。なんかクマできてるよ?大丈夫?寝不足?なんかあったー?」

ソラ「うー大丈夫」

蘭「大丈夫じゃないでしょ〜わかるんだからね?」

ソラ「はぁ、、」

蘭「最近で1番デカいため息」

ソラ「ま、帰ってきたら話すわ〜行ってきます」

蘭「はい。行ってらっしゃい〜」


外に出ると、今夜は新月だった。星の光が疎らに届いている。

渋谷へ向かう電車に乗る。今日はバイトではない。が、夜、ハナと2人でツチツチバーガーに食事しに行く約束をしていた。


《ツチツチバーガー2号店》


田中「いらっしゃい!!!」

ハナ「おじゃましまーす!!」

ソラ「なんか新鮮笑」

柴田「サービスしちゃうわよぉ〜3番つかって〜」

私たちは広めのソファ席に案内されて、見慣れたメニューを見た。


ハナ「なんか、原宿行った時思い出すね!」

ソラ「確かに!なっつ」

アサ「とりあえずテキーラ2杯でいいですか?」

アサが珍しく注文を取りに来た。

ソラ「普通にオレンジジュースで。あとなんでアサさんが来るんですか?」

冷めた口調で答えた。


アサ「もしかして俺嫌われてる?ぴえん。いや、ヒビキが行きたくないって、、」

厨房を覗くと、ヒビキがこちらを見ていた。ヒビキは一瞬で目を逸らして、肉を焼き出した。

ハナ「ヒビキくん...」

ソラ「ちょっと。行ってくる」

ハナ「え、ソラ?」

アサ「ん?」


厨房の奥に入って、肉を焼くヒビキに話しかけた。

ソラ「ヒビキ、ハナに謝るチャンスだよ?言いなよ」

ヒビキ「...代わりに謝っておいてくれよ」

ソラ「意味ないわ!!ん゛ーとにかく、自分のタイミングでいいから、ちゃんと謝りなね?」

ヒビキ「...」


厨房を出ようとすると、アサが駆け足で厨房に戻ってきた。アサは焦った調子で、中の仕事を探し始めた。

ソラ「ん?」

不思議に思い外を見ると、私たちの座席に、ユメの姿が見えた。

ソラ「あ、あー、、なるほどね」

アサ「...」


ハナ「ユメちゃんぢゃーん!!本当にこの店好きだね」

ユメ「ハナさんもですよ笑」

ソラ「ユメちゃん!」

ユメ「あ!ソラさんもご一緒なんですね!私服可愛いですね。なんか新鮮...」

ソラ「いつも制服だもんね」

ハナ「ここ座りなよ!広いし!!」

ユメ「いいんですか?」


私たち3人は、ハンバーガーとつまみをつつきつつ、恋バナをして盛り上がった。厨房の男性陣を尻目に...。


そして、話題はユメの失恋話になった。


ーーーーー


ハナ「何その人ー!一方的すぎん?」

ユメ「ひどいですよね笑」

ハナ「それで、ユメちゃんは踏ん切りつけられたの?」

ユメ「...どうかな?」

ソラ「...ユメちゃんが、ここに入り浸ってるのって、ぶっちゃけそういうことだよね?」

ユメ「え?」

ハナ「え?」


ソラ「あ、言っちゃまずかった?」

ユメ「え、、いや、、秘密にするほどのことじゃないですから」

ハナ「ん?ん?え?その元彼って、ここの人?ひょっとして!あれま!ヒビキくん?!」

ユメ「ちがいます笑」

ソラ「ヒビキでは無い」

ハナ「じゃあまさかの田中さん?」

ソラ「ちがうわ笑」

ハナ「もしかして、さっきのテキーラの人?」

ユメ「テキーラの人?笑」

ソラ「あーそうそう」

ユメ「そうなんだ笑」

ハナ「えー!!あーゆう人が好きなんだ!!!なんか意外!!」

ユメ「そうですかね笑」

ハナ「どれどれ〜」


ハナは、厨房でヒビキに指示出しをするアサをジロジロと見た。

ユメ「あんまり見ないでくださいよ恥ずかしい笑」

ソラ「いや、ユメちゃんも変わってるよー。アサさんのどこがよかったの?」

ユメ「えーそう言われると...そんなに好きだったのかな。なんか、一緒にいて落ち着く、とか?」

ハナ「それ大事!」

ユメ「あとは、なんか、面白い所とか、誰にでもフランクだし、うるさいけど仕事も一生懸命やってるし」

ソラ「ほうほう」


ユメは明るいトーンで続けた。

ユメ「あとね!アサくんは絵が凄い上手なの!私の似顔絵とかよく描いてくれてね!嬉しくって家に何枚も飾ってたなぁ...アサくん、本当はデザイナーを目指してたんだよ?」

ソラ「へー!それ知らなかったなぁ」

ユメ「そうなんです、もう諦めちゃったのかな?だけど、ホントに凄くて!あと地味にスケボーも上手で、よく夜中の公園で見せてもらった笑。夜遅くに出歩くの慣れてないんですけどね。楽しかったな」

ユメは2人の目を見ながらも、視線を斜め上方向にチラつかせながら話した。


ハナ「ベタ惚れですな」

ソラ「なんかなんでも許してそう」

ユメ「嫌いなところもありますよ?話長いし、お祝いの席なのにいつも回る寿司だし、一緒にいるのに勝手にゲーム始めるし、ヒール履くと拗ねちゃうし、、、本当、困っちゃいますよね笑。なんか、別れてよかったかも」


ユメは水を飲み、続ける。


ユメ「でも、いいところもあって、、どんなに長く話しても最後まで笑って聞いてくれるし、カラオケ行くと何でも歌ってくれるし!人の悪口言わないところとか、落ち込んでたりするとすぐ気づいてなんか奢ってくれるところとか、まぁだいたいハンバーガーなんだけど......って、私、ウケますよね...」

ユメは話しながら目から涙を零した。手渡したピンクのハンカチで目元をそっと拭いながら、コクリコクリと頷いた。ユメは真っ赤になっていた。


ハナ「ユメちゃんはさ、このままでいいの?」

ユメ「?」

ハナ「私ね、あの後、結局フラれたの。ヒビキくんに。だけどね、思ってること全部言ったの!ぜんっぶぶつけた!そしたら思いっきりフラれた!でもね、後悔はない!全くない!なんでそんなふうに出来たと思う?ユメちゃんが言ってくれたからだよ?後悔しないようにって」

ユメ「...」

ハナ「もし、まだ言い足りないことあるなら、絶対言った方がいい!ユメちゃんも、どこかでそう思って、1人でまだここに通ってるんだよね。それってまだ心がその人と接点を持ちたがってるんだよ!このまま有耶無耶にするより、ぜーんぶ言っちゃった方がいいと思う!」

ソラ「うん」

ハナ「もしも上手くいかなかったら、私たちが慰める!!私たち、ユメちゃんの味方だもん!」

ソラ「そうだよ。ユメちゃんが思うようにした方がいい。それが正しいよ」

ユメ「...でも」

すると、ハナは体を乗り出して、ユメのか細い手に、ハナは両手を重ねて、驚くユメの目を真っ直ぐ見て言った。


ハナ「後悔しないように。ユメちゃん」

ユメ「...」


私はその様子を黙って見ていた。ユメは決心したかのように、しかしどこか控えめに頷いて、目に少し残った涙を拭った。そして思い切り目の前のハンバーガーにかぶりついた。


ユメも、ハナのように、自分の意思で、未来を切り開こうとしている。私には、彼女達がとても眩しく見えた。


ーーーーー


結局私たちは、閉店まで店に残っていた。私とハナは、会計のため、カウンター近くに来ていた。


ソラ「片付け手伝いましょうか?」

田中「大丈夫!!もうすぐ終わるし!!」

ハナ「ごちそうさまでした!!今日も美味しかったです!!」

田中「ありがとう!!また来てね!!」


すると、厨房の影から、ヒビキがやってきた。

ヒビキ「...あの」

ハナ「あっ、、」

ヒビキ「今日...来るって聞いてたから、これ鈴木から聞いてた、好きなんだろ...?」

ヒビキは、少しぬるくなったホットのミルクティーをハナに渡した。

ハナ「...私に?」

ヒビキ「その...この間は悪かった。ごめん。言い方も最低だったし、態度も失礼だった。本当にごめん」

ハナ「...」

ヒビキ「想いに応えることは出来ない。でも、これからも、友人の友人として、よろしく頼む...色々」


ヒビキはハナに頭を下げる。

ハナ「...またフラれた〜!!ま、いいよ!気にしないで!私、もうそういう風に思ってないから!大丈夫!」

ヒビキは少し安堵したように息を漏らした。

ハナ「これ、ありがとう!嬉しい!」

ヒビキ「おう」

ヒビキは少し照れくさそうに、控え室に向かった。


ソラ「よかったね。ハナ」

ハナ「ソラが色々やってくれたんだよね?ありがとう」

ソラ「いや、これはヒビキが自分で決めたことだから。あいつは自分がやりたいことしか、やらないし」

ハナ「...そうなんだ。よく分かってるんだね、ヒビキくんのこと」

少しトーンを落としてハナは言った。


ソラ「いや、これだけ一緒に入ることあるとね!良きビジネスパートナー的な?笑」

ハナ「ウケる笑」

ソラ「私達もそろそろ帰ろっか」

ハナ「そだね」

田中「おう!!ありがとね!!気をつけて!!」

ハナ「またきまーす!!!」


私たちが店を後にしようとすると、席に残って水を飲んでいたユメの姿が見えた。

ソラ「ユメちゃん...」

ハナ「ユメちゃんはどうする?」


ユメは少し呼吸をおいて、私たちを見て座ったまま言った。

ユメ「少し残ります。お2人はお先にお帰りください」

ソラ「...そっか。わかった」

ハナ「うん!!じゃあね!!」


ユメを残したまま、私たちは店を出た。ユメは笑顔でこちらに手を振った。ハナは、胸の前で両手でガッツポーズをした。ユメは笑って会釈した。


ヒビキ「帰ります。おつかれっしたー」

アサ「ほい!おぬかれー」

田中「おつかれー!!!」


1人、また1人と、店を後にし、残るメンバーは3人になった。ユメの手には手汗が握られており、アサはどこか挙動不審に厨房の締め作業をしていた。


田中「レジ締めたけど、もうすぐ終わりそうかー??」

アサ「はいーもうすぐ終わります!!」

田中「おっけー!!!」


すると、ユメが席から立ち上がった。田中は、少し不安な表情で、ユメを見て、その場から少し離れた。ユメはカウンターに手を置いて、少し身を乗り出して、言った。


ユメ「久しぶり!」

アサ「...?!」

ユメ「あのさ...話があって...」

 

ーーーーー

 

片付けを全て済まし、田中は着替えを終えて帰るところだ。


田中「鍵あるよなー?」

アサ「はい!」

田中「んじゃ鍵閉めよろしくー!!お疲れ様ー!!」

アサ「お疲れ様です」


ユメは店の真ん中辺りに立っていた。机は少し外側に寄せられ、次の日の朝の掃除のために、少し床が見える状態となっていた。


2人になった薄暗い店内の中、アサは、店のシャッターを全て閉めたあと、その場に残るユメに問いかけた。


アサ「話って?」

ユメ「...うん」

アサ「...?」

ユメ「...あのね...全然大した事じゃないんだけど...」

アサ「どうしたの?」


ユメはしばらく黙った。そしてその後、思い出したかのように、小さなカバンの中を探り始めた。そしてその中から、小さなキーホルダーを取り出した。


ユメ「これ...笑。お寿司屋さんでね、たまたま当たったの...タンジロー、好きだったよね?だから...あげるね...」


そう言って、ユメはアサに近づいてキーホルダーを1つ渡した。


アサ「あ、あぁ...ありがとう」

2人の顔には淀んだ笑みが貼り付いていた。


ユメ「...」

アサ「...もういいかな?じゃあ」


アサはゆっくりとした動作でキーホルダーをズボンのポケットに突っ込んで、目線を下へずらし、店の鍵を手からぶら下げた。


アサ「出よう」


アサは暗いトーンでそう言い、扉の方へ向かい、ユメに背中を向けた。

ユメは拳を腿の横で握りしめ、勢いに任せて叫んだ。


ユメ「待って!待ってよ!」

アサ「...」


アサは振り返らずに、動きを止めた。振り返らない背中に向かって、ユメは続けた。


ユメ「勝手に私の幸せ決めないでよ!私の気持ち....無視しないでよ!」

アサ「...ユメちゃん?」

アサは振り返って、落ち着いたトーンで語りかけた。


ユメ「あっごめん...言い過ぎちゃったかな...ごめんね...あのね......その.....うん、私...アサくんが好きなの。多分ね.....アサくんが思ってるより、好きなの」

ユメはそう言いながら、静かに泣き出した。

ユメ「うん....ごめん...泣いたら分からないよね...ごめん......めんどくさくて」

アサ「...」

ユメ「...」

アサ「...」

ユメ「...寂しいよ.......」

ユメは膝を床につけ、座り込んで、更に泣いた。

アサ「...」


ユメ「...ごめんね...」

アサ「...!」


するとアサの目から、自然と涙がこぼれ落ちた。そのままユメの元へ駆け寄り、アサは小さくなったユメを包むように座り込んだ。そして、ユメの頬を優しく抱え込んだ。


アサ「ごめん....ごめんね....ユメちゃん。俺、怖かったんだ。だからあんなふうに、一方的に......。ごめん....!何もわかってなくて、聞かなくてごめん!全部俺が悪かったよ」

ユメの流した涙が、アサの服に染みる。


アサ「俺...ユメちゃんにこんなこと言わせたかったわけじゃないのにな...ただ俺はさ、幸せになって欲しくて...ユメちゃんの夢が叶って欲しくて...ユメちゃんが夢を叶えるのも、叶えられないのも、俺には眩しすぎた。きっとお互いにとって、それは悪いことだって。だから一緒にいない方がいいって思っちゃった。でも、間違ってたんだね。ごめん...!俺もユメちゃんが好き...大好きだよ。だからもう、どうか謝らないで....ユメちゃんが言いたいこと、全部聞くから」


アサは涙に濡れた目で真っ直ぐユメを見た。ユメは目を拭いながら、答えた。

ユメ「...うん.....私に相応しくないとか、住む世界が違うとか......悲しいからもう言わないで」

アサ「...ごめんね」

ユメ「...無視するのもやめて」

アサ「...ごめん」

ユメは腫らした目を手で拭って、正座に座り替えて言った。

ユメ「アサくんとまだ一緒に居たいです...アサくんにしてもらったこと。これから、一つ一つ返していきたいです」

アサ「...ありがたく、受け取ります」

 

 

次回、最終話。